躁鬱を抱えながら「一生書きたい」を叶える8つの視点
書くことで、生き延びてきた。
小説を書き始めたのは13歳。
同人誌を作り始めたのは24歳。
双極性障害と診断されたのが29歳。
ずっと書き続けてきたけれど、自分が躁鬱だなんて知らなかった。思えば苦しい時はあった。死にたい時だってあった。躁鬱のせいだったのか。
「死にたい」と「生きたい」は両立した。
「死にたい」が猛威を振るうたび「生きたい。でも何かのはずみで死んでしまったらどうしよう」という不安に苛まれた。
だから、とにかく書き続けた。
未完成の物語を手元に置き続けた。
これを完結させるまで死ねない、と自分に言い聞かせた。
そうして9年、書いた文字数は200万字、制作した同人誌は30冊に達した。
書いた物語と冊子の重みは、わたしが「死にたい日々を耐えて生き抜いた証」だった。
どんなに死にたくなっても、わたしは毎日を真剣に生きている。
「書くこと」がそれを知らせてくれた。自分をようやく認めてあげられるようになった。
今でも「死にたい」が脳裏にちらつくことはある。
けれど「書くこと」に触れていれば生きていられる。
死にたかったはずのわたしは、「このままずっと書いていたい」「一生書きたい」という願うようになった。
こんにちは。小海いとと申します。
躁鬱を抱えながら「一生書きたい」をテーマに、有料マガジン「一生書きたいラボ」を運営しています。
この記事は「一生書いた」といえる生き方を追究するシリーズ連載の第0回になります。
実際、どんな生き方をすれば「一生書いた」と言えるんでしょう?
極端な話、わたしは今日生きることをやめてしまえば、「一生書いた」を実現することができます。
しかしそういうことではありませんよね。
つまり「一生書きたい」には、「生きることを選択しながら」という前提があります。
では、どのような生き方を選択していけばいいのか。それを複数回に分けて考えていきます。
今回は「目次」のような回です。
先に概要を書きますと、「一生書いた」といえるような生き方を実現するためには、次の視点や行動が重要になってきます。
あくまでも、わたしが重要と考える視点や行動ではありますが、躁鬱ならではの視点と経験も交えつつ、一つ一つを深掘りしていきます。
簡単な予告を書きますね。
現時点では、次のような構成で考えています。(章内のトピックは増減する可能性があります)
※この記事は、買い切りの有料マガジン「一生書きたいラボ」に収録されています。記事単体での購入よりも、マガジン購入のほうがおトクです。
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\こんな方向けのマガジンです/
・躁鬱や精神疾患と付き合いながら書いている人
・書くことがライフラインになっている人
・体調に波があっても書き続けたい人
1.生活に「書く」を組み込むこと
「書く」という行為が自分にとっていかに神聖なものだったとしても、それを一生貫くのであれば、生活に組み込んでしまうのが一番確実です。
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