引き出しの奥で眠っていた「記憶のタイムカプセル」が息を吹き返した日
家の引き出しの奥底で、そのカメラはずっと眠っていました。 Nikonの小さなコンデジ。 いまは高校生になった娘が、まだ小学校の低学年だった頃に「ほしい!」とねだって買ったものです。

いつしか使われなくなり、放置されていた数年間。 いざ使おうと思っても、山のようなコード類が入った収納の中から、どれが専用の充電器なのかさえ分からなくなっていました。
最近、またコンデジが見直されていると知り、私の中の「カメラ熱」が再燃。 「あのカメラ、どうしてるかな」と気になり、メルカリで充電器を探して買ってみたものの、型が違って入らなかったり……。 半分諦めていたとき、家族から「あったよ!」と声が上がりました。
「チャリーン」という懐かしい起動音。 古びたコンデジが、私の手の中で息を吹き返した瞬間でした。
恐る恐るSDカードの中身を覗くと、そこには「宝物」が残されていました。 子供の背の高さから見た、低い視点の世界。 一生懸命に作った工作の記録。 それは、当時の娘の好奇心がそのまま閉じ込められた、かけがえのないタイムカプセルでした。



今のフルサイズのメイン機(EOS R6 Mark II)に比べれば、驚くほど軽くて、まるでキーホルダーみたいにカバンにぶら下げられる。 この軽快さが嬉しくて、さっそく街へ持ち出してみました。

周りの人は「えっ、コンデジ?」なんて声はかけないけれど、みんな「なんで?」と不思議そうに見ている気がします・・・。いや気づいてすらいないのかも。スマホでも本格一眼でもない、この小さな袋の存在感を。
今日、いつもの風景をこのカメラで切り取ってみました。
お昼に食べたのは、復活メニューだという「天そば」。 コンデジのファインダー越しに覗くと、なんだかとても懐かしい感じに写ります。

このレストラン自体も落ち着く場所なのですが、写真を撮った瞬間、私の記憶はもっと遠くへ飛びました。 幼い頃、祖母と母に連れられて行った、百貨店の大食堂。
今でいうフードコートのような馬鹿でかい空間。 入り口で食い入るように眺めていた、蝋(ろう)でできた食品サンプル。 フォークに絡みついたまま宙に浮いているパスタ……。 40年も前から、あの不思議でワクワクする技術があったんですよね。 そんな断片的な記憶が、この「天そば」の一枚から鮮やかに蘇ってきました。
京王線も撮ってみました。 このカメラは暗いところが少し苦手ですが、その「暗さ」がまた、良い味になるんです。

インスタグラムを見渡せば、眩しいくらいに明るくて鮮やかな写真ばかり。 正直、このアンダーすぎる写真は「映え」はしないかもしれません。 でも、ライトルームで少しだけ調整して仕上げたこの質感、なんだか心が落ち着きませんか?
線路沿いにはいつも「撮り鉄」さんたちがいますが、電車ひとつとっても、撮るのが好き、乗るのが好き、音が好き……楽しみ方は人それぞれ。 カメラも同じですね。機材を愛でるのが好きな人もいれば、撮る瞬間が好きな人もいる。
スマホでパッと綺麗に撮れてしまう時代だからこそ、あえてカメラを「構えて」撮る。 そこには、新しい発見と、忘れていた感覚がありました。

次は、この可愛いカメラで家族の何気ない風景を撮ってみたい。 「いつ撮ったの?」って言われるくらい自然な日常を。 小さくて優しいこの相棒なら、きっとそんな瞬間を掬い取ってくれる気がしています。

