見出し画像

【エッセイ】父にまつわる思い出たち

幼稚園の頃だろうか。

お風呂に浸かっているときに、父から教えてもらったしりとり歌がある。

耳慣れない言葉ばかりだったが、語感が面白かったから幼い私は何度も繰り返して覚えた。


すずめ めじろ ろしあ あまんこく くろばたき きんたま またろうふ ふんどし しめた たかしゃっぽ ぽんやり りくぐんの のぎさんが がいせんす


これが乃木さんのしりとり歌だということを、大人になってからはじめて知った。

そしてところどころ間違いがあることも。


正しくは、


すずめ めじろ ろしや やばんこく くろぱときん きんのたま またろうふ ふんどし しめた たかじゃっぽ ぽんやうり りくぐんの のぎさんが がいせんす


と言うらしい。


日露戦争の頃からあるのであろうその歌が、昭和の終わりに生まれた私まで伝わったことに驚いた。


祖父も曽祖父も、我が子にこうして風呂の中で教えたのだろうか。


私も子どもたちに一度教えてみたことがある。

正しいものでなく、父から教えてもらった方だ。

しかし彼らは興味すら示さなかった。

時代にそぐわない文言が含まれている歌だ、子どもたちが覚えなくても構わない。

ただ、父から教えてもらったものを伝えてみたいと思ったのだ。



父の実家は川と山に挟まれている。

私が3歳のとき、亡くなった祖父の納骨に行く途中でバッタを捕まえようとして怒られたことをよく覚えている。自然豊かなところだった。


その家には三人のいとことおじ、おば、祖母が住んでいた。

夏に遊びにいったとき、子ども4人で掃き出し窓のそばに座ってすいかを食べた。

甘い蜜に誘われたのか、蟻が何匹もリビングを這っていた。

みんながそれを当たり前のように受け入れていた。

私も何も言わず、蟻を横目にすいかをかじった。



母があの家を苦手にしていることは知っていた。

でも私にとってはあそこは嫌いではなかった。

父の育った場所ということに気安さを感じていた。


その後、時が経ち、私も塾や部活で忙しくあまり父の実家に行かなくなった。

そうこうしているうちに両親は離婚し、完全に足が遠のいてしまった。


祖母が亡くなってしばらく経ったとき、赤ちゃんだった息子を連れてあの家を訪れた。

つかまり立ちができるようになったばかりの息子は、キャッキャと楽しそうに初めて会うじいじと遊んでいた。

父の下がりきったまなじりに、私はようやく息子を会わせてあげることができてほっとしていた。

柔らかな小さな足が踏みしめる床からは、蟻なんてきれいさっぱりいなくなっていた。


いいなと思ったら応援しよう!