薬膳cafe五花 6月:あじさいゼリー #8
まえがき
創作のショートストーリーです。
東京の下町にある小さな薬膳カフェ”五花”を舞台に、月ごとの物語を綴っています。
今回はしとしと降る雨の中、おなじみのお客様が、大切な誰かと一緒に訪れてくれました。
梅雨の重たさの中で、やさしく気持ちがほぐれていく、そんな一日のお話です。
6月 あじさいゼリー
「今日のランチはもう終わったかな……」
時計を見ると、14時を少し過ぎていた。5月から営業時間を昼と夜に分け、昼の営業は15時までにしている。
このところの雨続きで、来店も少なめだった。
窓の外では雨粒がガラスをたたき、しずくが伝っていく。
しとしと…時々、ざあざあ。
まるで天然のヒーリングミュージックみたいな雨音が響いている。
お客様がいないときはBGMを消して、雨音を聞きながら黙々と仕事をしている。
──なんだか最近、身体が重だるいなぁ。
雨は嫌いじゃないけれど、少し憂鬱になるのは、この時期のせいかもしれない。
そんなことを思いながら食器を洗っていると、不意にドアベルが鳴った。
カランカラン……
「あっ、なつめさん」
常連のなつめさんがドアを押さえ、後ろから高齢の女性が入ってくる。
あ、以前にも一緒に来られたお母様だ。優しい目元と上品な雰囲気が、やっぱりどこか似ている。
「いらっしゃいませ〜」
「まだ大丈夫ですか? デザートだけいただきたくて」
「もちろん、大丈夫ですよ〜」
「よかったね」
なつめさんがそう言うと、お母様もにっこり微笑まれた。
それから、そっと包装紙に包まれた花束を差し出してくださった。
「家の庭の紫陽花なんです」
「えっ、本当ですか? ピンクに紫、それに……青いのはアナベルですか? わぁ……ありがとうございます!」
そのやさしい心遣いに、ふっと気持ちがほどけていく。
𓂃◌𓈒𓐍
「どうぞ、あじさいゼリーです。杏仁豆腐とバタフライピーのゼリーを二層にして、緑豆をトッピングしています」

「わぁ、ほんとに綺麗。お母さん、これ、あじさいゼリーだって」
「まぁ……綺麗な色ね」
「この青と紫の部分が、バタフライピーなんですか?」
なつめさんが身を乗り出して聞いてくる。
「はい、バタフライピーっていうハーブのお茶なんです。青いお茶なんですが、レモン汁を加えると紫に変わるんですよ」
「へぇ〜。お母さん、これバタフライピーっていうハーブを使ってるんだって」
耳元でなつめさんが少し大きな声で伝える。
「ん? バター?」
「バ・タ・フ・ラ・イ・ピー!」
「ふふ。なんだか分からないわねぇ」
お母様はそう言って、いたずらっぽく笑われた。
「ごめんなさい、うちの母ちょっと耳が遠くて」
「いえいえ、まったく気にしないでください」
「大声で話すから、たまに母を怒ってるように見られちゃうこともあって……」
……とても分かる。
今は離れているけれど、私と母もそんなふうだった。
お母様が傷つかないように、私は黙って話を聞き続けた。
「なつめさん、とても優しいですよ」
そうそっと伝えると、なつめさんの瞳がうっすら潤んでいた。
「あっ、そうだ。紫陽花のお花!」
キッチンに戻って花瓶に生けた紫陽花をテーブルに持っていくと、「あらぁ……」
ふたりの表情がぱっと明るくなった。
「なつめさん、お母様と一緒に写真撮りましょうか?」
「わぁ、ありがとうございます! お母さん、写真撮るって。しゃ・し・ん」
「まぁ……どうしましょう」
紫陽花とゼリーが並ぶテーブル越しに、ツーショットを撮る。
ふたりとも、とてもいい笑顔だった。
「ゆっくり召し上がってくださいね。冷たいデザートなので、温かい黒豆茶もお持ちしますね」
コポコポコポ……
キッチンで黒豆茶を注ぐ音が、雨音に混じって響いた。
𓂃◌𓈒𓐍
15時を回った頃、お見送りをする。
「お母さん、また来ようね」
「うん。ここは夜もやっているのね?」
「そうなんです。またぜひ夜にもいらしてください」
できるだけ大きく、ゆっくりとお伝えする。
「はい、ありがとう。……あなたは、キクチくんと来てるのね?」
……キ、キク……
あ、きくらげさんのことね。
………あ〜
なつめさんが軽く慌てる。
「お母さん、なに言ってるの。一緒に来てないよ〜」
そう言ってお母様の腕を軽く叩いている。頬が少し赤くなっていて、なんだか可愛い。
「まぁ、そうかい」とお母様。
すると、
「あは、あはははは!」
なつめさんが吹き出し、私もつられてぷっと笑ってしまった。
お母様も最初は不思議そうに見ていたが、すぐに一緒に笑ってくれた。
気持ちがゆるんだその空気のまま、ドアをゆっくり開ける。
「まだ降ってますねぇ。湿気で体調を崩しやすいですから、どうぞお気をつけて」
傘が開くのを待ちながら声をかける。
「ありがとうございます」
ふたりは笑顔のまま、傘の下に並んで帰っていった。
少し外に出ただけなのに、もわっとした湿気が肌にまとわりつく。
私はドアのプレートを「CLOSE」に変えながら、
「片付けたら、母に電話してみようかな」
そう、ふと思った。
(#8 終 )

◯薬膳memo◯
●バタフライピー とは
𖤐豆科の植物で日本名は蝶豆(ちょうまめ)
𖤐綺麗な青い花を咲かせハーブティーなどに使われる
𖤐青い花にアントシアニンが含まれている
𖤐アントシアニンは抗酸化物質で身体の酸化を抑える(眼精疲労や美肌にかかせないコラーゲン生成に期待)
𖤐薬膳では温性(身体を温める)
𖤐肝に帰経
●杏仁豆腐の杏仁…あんずの種を粉にしたもの(杏仁粉)を苦味を消すために甘くしている
𖤐薬膳で杏仁は、肺を潤す、咳の症状を軽くする効果が期待出来る
●緑豆…蒸し蒸しした夏におすすめ食材。薬膳では、身体の余分な熱をとる、利尿作用でむくみに良いとされる。緑豆もやしや緑豆春雨で手頃に食べられる
●黒豆茶…腎と脾の機能を養う。老化対策や胃腸虚弱の人におすすめ。アンチエイジングや、冷え、むくみの対策に。
𓂃◌𓈒𓐍
