もう帰れないけど、帰りたい場所
「帰りたい場所はどこだろう」とぼんやり考えたとき、浮かんできたのは、地名や建物としての「場所」ではなかった。
それは、過ぎ去った時間と、そこにいた人たちが織りなしていた、思い出そのものだった。
母方の祖父母の家のことだ。
私が小学生のころから、祖父が入院するまでの約20年間、年明けには決まって親戚が集まり、祖母が食べきれないほどのおせち料理を作ってくれていた。
祖母が「おかわりは?」と孫たちに無限にすすめてくるのが、いつもの風景だった。好きだと言った覚えはないのに、いつのまにか「稲荷寿司が好物の孫」になっていて、毎年律儀に勧められるのがちょっとした試練だった。
祖父は、よく戦時中の話をしてくれていた。
母は「戦争の話なんて」と言っていたが、私は熱心に聞いていた。
祖父の話のなかでとくに衝撃だったのは、特攻隊に所属していたということ。訓練中の事故で手を怪我してしまったので治療をしていたが、治る前に終戦を迎えたという。
片道の燃料しか積まない戦闘機で敵艦に突っ込んで自爆するのだから、出撃して生き残ることはほぼありえない。もし手を怪我していなかったら、祖父は戦死していた可能性が高い。
そうなっていたら、母も私も姉も、この家も存在しなかったと思うと、ぞっとした。一方で、この世界はほんの一つの出来事で、未来を大きく変えることができるものなんだとも思えた。
10年前に祖父が亡くなり、それからは祖母ひとりになった。
そして昨年、祖母もこの世を去り、その家に住む人はいなくなった。
母の弟にあたる叔父が、家財の整理を素早く済ませてしまったので、気がつけば、家も土地も、もう他人のものになっていた。
つい先日、「新しい家を建てるための土台ができていたよ」と、母が教えてくれた。
そのとき、帰りたいと願っていたすべてが、もう戻らない過去のものになっていたのだと、はじめて気がついた。
祖母がいなくなった後、もう一度だけ、あの家の戸を開けてみたかった。
誰もいないところで、静かに涙がこぼれた。
だから、忘れない。記憶と心に残っているのなら、目を閉じれば、私はいつだって帰ることができるのだから。
もう帰れないけれど、帰りたい場所は、たしかに私の中に生きている。
