59.チベット仏教①
画像は以下のサイトから転載。
タントラ
前回お伝えしたとおり、ユダヤ人巡回商人、ラダニテは、中国でも交易を行っていました。

なので中国で暮らすユダヤ人もいました。
最初のユダヤ人がいつ中国に到着したのかは歴史家も判断できないところですが、周王朝(紀元前一〇四六年~紀元前二五六年)から唐王朝(紀元後六一八年~九〇七年)までと推定されています。
少なくとも紀元後八世紀には、現在の中国の北西地域にユダヤ人がいたようです。
有名なのは開封のコミュニティーです。開封は河南省東部の市です。

ユダヤ人はカシミールにもいました。カシミールとユダヤ人の関係をはじめて言及したのは、イスラムの学者アル=ビルニー(九七三年~)です。

十七世紀の旅行家フランソワ・ベルニエは、ユダヤ人がカシミールに住んでいたかどうかの調査を依頼され、現地を訪れました。
この国にはユダヤ教の痕跡がたくさんある。ピル・パンジャール山脈(ヒマラヤ山脈の一部)を越えて王国に入ったとき、辺境の村々の住民はユダヤ人に似ていると感じた。かれらの表情や態度、そして……あのなんとも言いがたい特殊性は、すべて古代の人々から来ているように思えた。
……第二の兆候は、イスラム教徒であるにもかかわらず、この町の住民のあいだにモーセを意味するムーサという名前が広まっていることである。
ユダヤ人はトルキスタンにもいました。ブハラ・ユダヤ人は、イスラエルの失われた十支族と自分たちを結びつけ、紀元前六世紀にバビロンから解放されたあとカナンの地に戻らなかった支族の子孫だ、と考えています。

バビロンに残ったユダヤ人といえば、カルデアのマギとともに現代までつづくオカルトを創始した人たちです。
そして前回お伝えしたとおり、ユダヤ人はインドにもいました。
ユダヤ人の居住区はチベットをぐるりと取り囲んでいたわけです。

現在の新疆ウイグル自治区にあるホータン市では、八世紀に書かれたユダヤ人商人の手紙が見つかっています。
https://dash.harvard.edu/server/api/core/bitstreams/56d7694c-bca4-420a-a4a8-aecf9921cce9/content
タントラは、言葉だけは耳にしたことがあると思います。
タントラは、中世インド発祥の宗教的儀式と瞑想のスタイルを指し、紀元後五世紀以降に生まれたとされています。
発祥後、ヒンドゥー教の伝統に影響を与え、仏教とともに東アジアや東南アジアに広まりました。
ウィキペディアではこのように説明されています。
ヴェーダ的な伝統を受け継ぎつつも、軽視あるいは否定する面を持ち、絶対的最高原理を認め、これと融合・合一することで生前解脱することを目指し、現世を肯定し自在に支配しようという、全体として秘儀的な教義と実践の体系である[4]。その実践は、肉食、飲酒、下のカーストの相手とのセックス等、主流社会では通常禁止された行為を含み、過激で危険な実践であるとされた[3]。
上記のタントラは西洋で再解釈され、「スピリチュアル・セックス」「セクシャル・ヨガ」として広まりました。

ただ獣のようにやるだけではなく、精神的な実践を含めることで、肉体的にも精神的にも(セックスによって)充足できる、という教義と体系(?)です。
タントラは、西洋では変態セックス指南書のカーマ・スートラとときどきまちがわれます。ですがカーマ・スートラに宗教的要素はありません。
通常は「バカな西洋人の勝手な解釈」という流れになりますが、タントラに関しては目指すところは同じです。
どれだけスピリチュアルであろうと、セックスはセックスです。よりセックスに耽溺する、という意味では、人間性、道徳、秩序の放棄といえます。
つまり、「死んだら終わりなんだから生きているあいだに楽しもう」という快楽主義です。厳格な宗教生活とは真逆で、もちろん勉強もしません。ひたすらオーガズムです。
なのでセクシャル・ヨガ、タントラ・セックスは、反知性主義的な傾向が見られます。
左道と右道
反知性主義は、知識人や知識に対する反対や敵意を指す言葉です。
反知性主義者は、データやエビデンスなどより肉体の感覚やプリミティブな感情を優先します。
十九世紀の魔術師エリファス・レヴィは、著書『高等魔術の教理と儀式』で、有名なバフォメットのイラストを描いた人です。

バフォメットは右手を上に、左手を下にしています。
「左道と右道」は、西洋の秘教や魔術を分類するのに用いられる概念です。
タントラの用語法がルーツで、使いはじめたのはオカルティストで神智学の創始者ヘレナ・ブラヴァツキーです。

「右」は社会的慣習を受け入れた魔術集団で、「左」は反対の態度です。つまりタブーを破って道徳を廃する魔術集団で、反知性主義的です。
タントラにおいては、右道(ダクシナーチャラ)は象徴的ですが、左道(ヴァーマチャラ)は実践的です。文字どおりの「実践」です。
なにを実践するかは、ご想像のとおりです。

ヒンドゥー教の神の一人ガネーシャは、一般的に鼻が左に曲がっています。左曲がりのガネーシャをヴァーマムカといいます。
そしてバフォメットと同じく、右手を上に、左手を下にしています。
つまり左曲がりは「左道」、実践をあらわしているのです。

ちなみにミトラ教のタウロクトニーにも、松明を上向きと下向きに持ったミトラのミニチュアが描かれています。

ヴァーマチャラは、ヴェーダの基準では異端とされる礼拝様式やサーダナ(霊的修行)を指します。
タブーと道徳に対抗するためなので、秘儀では禁止薬物による饗宴、セックス、排便、排尿、嘔吐などを行います。
重要なのは、グノーシス主義の「神聖な結婚」を反映した「ミトゥナ」と呼ばれるセックス儀式です。
バビロニアのアキトゥ祭での演目と同様、この儀式では男女は神になります。
中学生が考え出したような設定ですが、オカルトとは本質的にそういうものです。オウム真理教がいい例です。
この場合、女は女神シャクティで、男はシヴァ神です。グルと配偶者が儀式的なセックスをすることで発生する精液や経血はとくに力があるとされます。
精液と経血の混合物をボディシッタといいます。ボディシッタは儀式的に摂取されることもあります。
グノーシスの一派、オフィス派やニコライ派も同じことをしていました。
錬金術師アイザック・ニュートンの『Drafts on the history of the Church』にはこうあります。
ニコライ派のグノーシスたちは、肉欲的な快楽にふけり、互いを食卓に招き、食事のあと、男は妻にこう言い、妻の元から離れた。起きてきょうだいを慈しみなさい。そして交わったあと、かれらは不潔に、男の種をキリストの体と言って見知らぬ父に捧げ、女の月経を保存して、これもキリストの血と言って捧げた。
パン(体)とワイン(血)で擬似的に接種するより、実際に食べたほうがより「スピリチュアルな体験」です。食べない人は人生を半分損しているのです。
カルマムドラー
仏教タントラにおけるミトゥナに相当するのは、金剛界仏教の技法、カルマムドラーの修行です。

女性パートナーはムドラーと呼ばれ、カルマムドラーは肉体を持った実際の女性パートナー、ジュニャーナムドラーは実際の女性を伴わない観想上のそれを指します。
先にお伝えした左道と右道に対応するわけですが、「観想上の女性」といわれてももはや言い訳にしか聞こえなくなります。
セックスとはいえ修行なので、両者が高いステージに到達していなければただのセックスで終わってしまいます。
戒律を厳しく守り、瞑想に熟達し、エネルギーをコントロールして寸止めできなければなりません。
インド仏教は、大乗、小乗、金剛乗と三つに分けることができます。金剛乗は密教です。
チベット仏教は、大乗仏教の中に金剛乗の道を含めることで、よりはやく成仏する方法を教えています。
よりはやい成仏のためには、セクシャル・ヨガの肉体的実践が最高レベルで必要とされています。
金剛乗は、さまざまの異質な要素とヒンドゥー教のタントラの影響を受け、紀元後六~七世紀に誕生しました。
その後サハジャヤーナとカーラチャクラという新しいタントラ教団が生まれました。
なお、チベット仏教の伝統では、ブッダはタントラを教えた、と主張されています。
ですがそもそも師匠から弟子にと伝えられる「秘密」の教えなので、ブッダによるもの、とするのは矛盾しています。実際はブッダのずっとあとに書き留められた教えだとされています。
長くなるので残りは次回お伝えします。
チベット仏教といえばダライ・ラマ十四世ですが、このような動画があります。
一九九三年、欧米の学生グループがダライ・ラマに「教師は生徒と寝ない」という宣言に署名するよう求めたが、ダライ・ラマは署名しなかった。
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