74.バグダッドのバラ
画像は以下のサイトから転載。
アル=ジラーニー
イスラム思想家のイブン・アラビー(一一六五年~)は、純正同胞会から影響を受け、イスラム神秘主義、スーフィズムの確立に寄与した人物です。
イブン・アラビーの「存在一性論」「完全人間説」については、先にお伝えしたとおりです。
そんなイブン・アラビーは、著作の中で、アブドゥル=カディール・アル=ジラーニー(一〇七七年~)を、正義の人、同時代のクトゥブとして言及しています。
クトゥブは世界の「軸」「極」という意味で、その時代時代に登場する霊的指導者のことです。緑色の男、アル=ヒドルがその代表です。
アル=ジラーニーは、スーフィー教団の一つ、カーディリー教団を創始した人物です。
カーディリー教団は、西洋のオカルト伝統の中でとくに崇拝されています。薔薇十字団のルーツと見なす人もいます。
薔薇十字団は、十七世紀初頭にドイツで宣言書を発表した友愛組織です。目的は教皇制の打破による世界改革です。
一見よさげに思えますが、実体は錬金術や魔術に満ちていました。
薔薇十字団についてはここでは追求しませんが、自由や平等、改革などといいだす人たちは、たいていオカルティストです。
自由平等改革啓蒙イコール錬金術魔術占星術だと考えて差し支えないので、改革などといいだす人が出てきたら「オカルトがバックにいるんだな」と思ってください。
オカルトといえばユダヤですが、アル=ジラーニーは隠れユダヤ人だ、という主張もありました。
イスラエル・ヨセフ・ベンヤミン(一八一八年~)は、モルダヴィア(ルーマニア)生まれのユダヤ人材木商で、二十五歳のときにイスラエルの失われた十氏族を探す旅に出ました。
この人は、十二世紀のユダヤ人ラビで旅行者のトゥデラのベンヤミンにちなんで、「第二のベンヤミン」と名乗りました。
第二のベンヤミンは五年間をかけて現在のイスラエル、レバノン、シリア、トルコ、イラク、イラン、アルメニア、アフガニスタン、インド、シンガポール、中国、エジプトのユダヤ人コミュニティーを訪ねました。
一度ヨーロッパに帰ったあと、今度はリビア、アルジェリア、チュニジア、モロッコで三年を過ごしました。
第二のベンヤミンは最初の五年間の記録を、『一八四六年から一八五五年にかけてのアジアとアフリカでの八年間』という本にまとめ、出版しました。
その中で、バグダッドにはアル=ジラーニーの墓が崇拝されているモスクがあった、と報告しています。

さらに、そのモスクはかつてはシナゴーグで、このマラブー(スーフィーの宗教指導者)はタルムード学者のJoseph Haguelitiにほかならない、と言及しています。
アル=ジラーニーは、アラブ人ではなくイラン人だった、という話もあります。
完全なる聖者
ハンバル学派は、スンニ派の一学派です。アル=ジラーニーの師匠イブン・アキールはハンバル学派でした。
ハンバル学派の創始者は、アフマド・イブン・ハンバルの弟子たちです。
イスラム法学の中には「見神」というテーマがあるのですが、ハンバル学派は、この世で神を直接見ることはできないとする保守的な学派です。
またコーランを字義的に解釈する重要性を強調していたので、現在のキリスト教における福音派にあたるともいえます。
イブン・アキールはほかのハンバル派の人たちから、悪名高いスーフィー、アル=ハッラージュを賛美する著作を撤回するよう求められていました。

アル=ハッラージュはお伝えしたとおり、「われは真理(神)なり」と宣言して処された筋金入りの神秘主義者です。
処刑後三十日経ったら戻ってくる、と宣言していたのですが、結局戻ってきませんでした。
アル=ジラーニーの弟子のイブン・クダーマ(一二二三年~)もハンバル学派でした。
イブン・クダーマは著書『思弁的神学への非難』で、イブン・アキールがアル=ハッラージュへの賛美を撤回したことについて、慎重な偽装(タキーヤ)を実践していた、と指摘しています。
また学者のイブン・ラジャブによると、アル=ジラーニー自身も純正同胞会の著作を隠し持っていたとして非難されていました。
この純正同胞会の著作は、カバラ主義者たちによって世代を超えて称賛された書物です。
アル=ジラーニーはスーフィーとして高名な人物なのですが、ウィキペディアにもあるとおり、生涯と経歴はよく知られておらず、謎に包まれています。
その理由はアレクサンドロス大王と同じパターンで、後継者たちによって脚色され伝説化されたからです。
たとえばアル=ジラーニーの血統は、ムハンマドの初孫のハッサン・イブン・アリーにまで遡ることができるとされています。
ですがこの血統はのちに、アル=ジラーニーの孫のアブ・サリフ・ナスルの捏造であることが発覚しました。
そしてアル=ジラーニーは例によって、いろいろと奇跡を起こしました。まずは母親の授乳を拒否して断食をはじめました。
そして遠くにいる罪人を罰し、奇跡的な方法で虐げられている人を助け、水の上を歩き、空中を移動しました。
いうまでもなくユダヤのテンプレです。ユダヤ人説も納得のエピソードです。
また、天使やジン、隠されたあちら側の人たち、ムハンマド自身も、アル=ジラーニーの集会に登場し、感謝の意を表したとされています。
そんなアル=ジラーニーは、信者のあいだでは、ムハンマドに匹敵するほどの名声を博していたようです。イスラム世界の各地から弟子を集め、説得力のある言説でユダヤ教徒やキリスト教徒をイスラム教徒に改宗させた、といわれています。
アル=ジラーニーはまた、「完全なる聖者」という概念についても語っていました。
「完全なる聖者」はスーフィズムで顕著になった概念ですが、アル=ジラーニーにとっての「完全なる聖者」は、小宇宙です。
やはりどこかで聞いた話です。
スーフィズムにおける「完全人間」という考え方は、バビロニアのマギ、そしてもちろんグノーシスにまで遡れると学者たちによって認識されています。
繰り返しになりますが、純正同胞会の百科事典『ラサーイル・イフワーン・アル=サファー』は、理想の人間(完全人間)をこのように記しています。
出自はペルシャ人、宗教はアラブ人、文化はイラク人、経験はヘブライ人、行いはキリスト教徒、禁欲主義はシリア人、学問はギリシャ人、洞察力はインド人、生き方はスーフィー、道徳は天使、思想と知識は神、そして永遠の運命にある。
アル=ジラーニーは、自分を「完全なる聖者」と見なしていました。
わたしの足は神のすべての聖者の首の上にある。
オカルトのバラ
アル=ジラーニーは、「バグダッドのバラ」としても知られていました。
バラは教団のシンボルになり、中央に六芒星のある緑と白のバラは、伝統的にカーディリー教団のダルヴィーシュ(メンバー)の帽子につけられています。


六芒星についてはあえて言及しませんが、いわれるとバラに見えてきます。
そしてバラというと、わたしたちは西洋を思い浮かべます。いわゆるバラ戦争、ランカスター家とヨーク家の王位継承を巡る戦いは有名です。
また、幾何学的な庭園もイギリスがあまりに有名です。
ですが例の幾何学的な庭園は、イランと周辺の国々で長い歴史を持っています。バラと庭園といえばイランなのです。
そしてバラのあるところにオカルトありです。
ガザルは、中東などにおける恋愛を主題にした定型叙事詩です。
詩といえばやはりイギリスです。イギリスの詩で有名なのが、ジョン・キーツの「ナイチンゲールへの頌歌」です。
ナイチンゲールは、サヨナキドリ (小夜啼鳥)と訳されます。別名ヨナキウグイス(夜鳴鶯)、墓場鳥と呼ばれることもあります。
名のとおり夜に歌う鳥で、鳴き声が美しいので詩などでよく取り上げられます。
イギリスの作家オスカー・ワイルドの作品には、「ナイチンゲールとバラの花」があります。
ガザルでは、ナイチンゲールは愛するバラのために歌うとされています。
たまたま見つけたブログにはこうあります。
ペルシャ文化における詩は単なる芸術ではなく、むしろ地上と天上における人生のイメージそのものであり、永遠の哲学であり、聖典であり、吟遊詩人であり、音楽と歌であり、宴会と享楽であり、庭園であり、バラとナイチンゲールであり、日常生活の詳細なアジェンダなのである。
庭園といえば暗殺教団です。教団の創始者ハッサン=イ・サッバーフ(一〇五〇年ごろ~)は、ムハンマドが語った庭園(楽園)を力技でこしらえ、若者たちを騙しては暗殺者に仕立て上げていました。
スーフィーもバラが大好きです。花びらの螺旋状の配列は精神的、科学的な意味を持ち、神聖な秘密の中心となっています。
バラの花びらは螺旋状なので、スーフィーたちもぐるぐるとまわって踊ります。ぐるぐるまわるとどうなるかは、経験があると思いますが、頭がくらくらします。つまりナチュラルトリップです。
イブン・アラビーはバラについて、一方では「最愛の人」の赤らんだ頬、もう一方では「神聖な名前と属性」に重ねました。
これはもろに旧約聖書の『雅歌』です。
以前お伝えしたように、『雅歌』は単なる男女の恋の歌ではなく、神の姿を描写したオカルト的に重要な書です。
ちなみにいうと、「頬が赤らむ」のは肌が白いからです。赤らむシチュエーションで機能的に赤らんだとしても、肌が黒いと物理的に赤らめません。
歴史ものの映画やドラマでは、中東の人間を浅黒い人として登場させますが、昔は中東も白人が大多数でした。
スーフィズムに関連する著名な書物としては、サアディの『薔薇園』と、マフムド・シャビスターリの『秘密の薔薇園』があります。
『薔薇園』は一二五八年に書かれたもので、サアディは中世ペルシャの最も偉大な詩人の一人とされています。
またシャビスターリは、イブン・アラビーに深く傾倒していました。『秘密の薔薇園』はイスマーイール派の作品と多く特徴を共有しています。
ジャラール・ウッディーン・ルーミー(一二〇七年~)は、ペルシャ語文学史上最大の神秘主義詩人です。

ルーミーの思想の一つに、旋回舞踏による「神の中への消滅」という死に似た状態に陥る神秘体験が挙げられます。
繰り返しになりますが、ぐるぐるまわるとトリップします。そしてまわるといえば惑星です。
クトゥブは「軸」「極」を指す言葉です。イスラム教とアストラルはなんとなく結びつかないイメージですが、どこの神秘主義者もアストラルは大好きです。「科学」だからです。
四代目の正統カリフ、アリー・イブン・アビー・ターリブは、占星術についてこういっています。
人々よ! 星の科学を学ぶことを警戒せよ。……なぜなら、それは占いに繋がり、占星術師は占い師であり、占い師は魔術師に似ており、魔術師は不信仰者に似ており、不信仰者は地獄に落ちるからだ。
ルーミーはスーフィー修行者のシャムス・タブリーズィーと出会い、師と仰ぎました。
そしてアッラーの名を唱えつつ、音楽や踊りで忘我の境地に至る修行を重ねました。
タブリーズィーの詩は、イスマーイール派によって『シャムスの薔薇園』として出版されました。
だいぶバラのイメージが(悪いほうに)変わったのではないかと思うのですが、日本ではバラは奇妙な形で定着しています。
花の代表、というほどではないのですが、バラを知らない日本人はいません。
ですが実際に手に取ったり香りを嗅いだりしたことのない人はたくさんいると思われます。
ヨーロッパ(白人)への憧れの象徴、ともいえそうですが、お伝えしたとおり、バラ、そしてオカルト思想を西洋に広めたのはアラブ人たちです。
先に出てきた薔薇十字団は、ドイツ語でローゼンクロイツァーといいます。
だからなんだという話ですが、「ローゼンクロイツァー」と聞くと即座にオタク的なイメージが浮かぶかと思います。
つまりそれだけドイツ的な要素がマンガやアニメに用いられているからです。
のちにお伝えすることになりますが、ドイツはオカルト史では非常に重要な地です。ヒトラーを想像するとなんとなくイメージがわくかと思います。
薔薇十字団が登場するマンガ、小説の一覧を見てみると、「マンガ文化」の定着がいかに計画的に進められてきたのかがよくわかります。
マンガ屋や小説屋がバカだとはいいませんが、ふつうに日本で暮らしている日本人が「クリスチャン・ローゼンクロイツを出そう」などとひらめくはずがありません。
しかも薔薇十字団をネタにしているマンガ屋や小説屋は一人や二人ではなく、そして登場しているマンガや小説はどれもヒットしています。
モチーフの使い方も完全に心得ていて、ユダヤ的とさえいえます。一介のマンガ屋、小説屋が、それも複数のマンガ屋、小説屋が、学者はだしの知識、オカルトの深い歴史を体得しているわけです。
やはりバカにするつもりはありませんが、そんなことはあり得ません。バックにはそれなりの人たち、海外のオカルトの人たちがいるのです。
目的はもちろん、オカルトを広めるためです。だからときに違和感を覚えるマンガや小説が大ヒットするのです。
十七世紀のオカルト学者、ミヒャエル・マイヤーは、一六一七年の著作『Silentium Post Clamores』の中で、薔薇十字団は「始原の伝統」から生まれたと説明しています。
わたしたちの起源は、エジプト、バラモン教、エレウシスとサモトラケの秘儀、ペルシャのマギ、ピュタゴラス教団、アラブ人に由来する。
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