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闘病エッセイ|病と共に生きていく

2023年1月。
私は病に侵されていることを知った。

病名は「うつ病」だった。

そこから3年半以上、私は病と共に生きている。

私は学生時代、心理学を専攻しており、そこの知識は一般の人よりもあったはずだった。しかし、病になった。

病が発覚してすぐの時は、働くこともできず、
かといって浪費や食欲を止めることもできず、
惨めな生活をしていた。

みるみるうちに増える体重。
底をつく貯金。

私の人生はそこが「ゼロ」だったと思う。

この世に生まれ落ちた時が「0」として、
1年経つごとに「1」ずつ増えるとするならば、
私はその時「24」のはずだった。

しかし、私はその時「0」だった。

自身に障害があるという現実に向き合うことができたのは、
そこから3年後だった。

3年経って、私はようやく「1」になった。

世間は言う。
「ありのままの自分でいい」、
「自分らしい働き方を」と。

私はそのような言葉が、
半分ありがたく、半分辛い。

何度も言おう。
私は病と共に生きている。

おそらく、本当に自分らしく生きようとすると、
私はもう働くことはできない。

「頑張らなくていい」
と誰かに言われて、金銭的な問題も解決するならば、
私はおそらくもう社会に戻れない。

そんなことも思う。

でも、私は病と共に生きることを決めた。
かなり強引に決めさせられていることは否めないが、
そう決まっているのである。

なんでそう決めたのか。
それは家族がいたからだ。
養っていかなければならない家族がいるから。
だから私は、まだ社会と対峙できる。
だから私は病に全てを侵されずに済んでいる。

日々の仕事は辛い。
忙しい。
色々な人との関係を築くのも辛い。
数字のプレッシャーもきつい。
でも、それでも、頑張ると決めたんだ。

もちろんメンタル的な不調はまだまだあるし、
毎日、朝昼夜寝る前と薬を飲んでいる。

飲まないと苦しくて、堪らなくなる。
飲んでいてもなる時はなる。

でも、それでも決めたから。
それでも生きていくと決めたから。

だから私はこれからも生きていく。
時々、弱気になることもあると思う。
時々、強気になりすぎることもあると思う。
時々、無理をしてしまうこともあると思う。
時々、大事なものを大事にできないこともあると思う。

でも、それでも生きていくんだ。
家族のために、自分のために。

きっといつか心から「幸せ」って思えるように、
今は「幸せかも?」くらいの時が多いけど、
誰を目の前にしても「私は幸せ!」って堂々と言えるように。
私は病と共に、生きていく。

生きていく。

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