今宵、君の12星座当てゲーム―僕の世界では死んだ人―〈2.東風の波〉
律子はすっかり東風谷の"スピリチュアルジャーニー感"満載な話に夢中になり、いつの間にかタメ口で砕けて話すようになった。
律子も律子で、半年前に離婚したこと。
過去のテレビの仕事は実は自分の中では黒歴史のように感じていること。
最近のちょっと困った占い師仲間の話。
思念が入り込みすぎるからホラー映画は全く観られない話など、流れるようにしてしまった。
こんなにリラックスして自分の話を誰かにするのは、いつぶりだろう?
心と腹の中で何重にも絡まった糸が、ほどけていくのを感じていた。
とはいえ、自分の婚姻歴⋯⋯離婚の話を出したことは、しばらくして少しばかり後悔していた。
(普通は初対面の人にいきなりする話じゃないもんね⋯⋯それに⋯⋯)
占い師は「初めまして」で出会ってすぐに、さまざまな秘密を打ち明けられる。実は現在の恋人の他にのっぴきならぬ関係の人がいること、実は家族には内緒の財産があること。沢山の「実は⋯⋯」に巡り合う。私たちは、慣れに慣れてはいるけれど⋯⋯?
「東風谷先生ってさ、自分のこと、いっぱい話してくれるんだね」
「そうですか?僕、おしゃべりするの好きなんですよ。それに、目の前の相手のこと知りたいなら、まずは自分から自分の話して、知ってもらわないと」
ーーあ⋯⋯。このセリフ。別れた夫も言っていたっけ。
律子の元夫:佐々木晴之は、グルメ雑誌の編集者だった。
首都圏が主だが時には地方の飲食店の店主やオーナーたち、調理器具メーカーや食器ブランドの広報担当者、料理研究家・料理系インフルエンサーなど、とにかく取引の相手から話を聞き出して、記事にしていく。
「相手に気持ち良く話をさせるために、まずはこっちがどんなヤツかとか、何考えてる?とか、知ってもらわないと」
律子と元夫:佐々木晴之との出会いは、「本当に開運に効くラッキー食材ってあるの?」という企画趣旨のコーナーの打診からだった。当時、その企画立ち上げ担当の一人だった晴之が、占い師:今宵リツ公式ホームページのお問い合わせフォームからコンタクトを取ってきたのだ。
律子の受信箱に届いたメール
氏名
衣食住社/グルメ情報誌『OHASHI』編集部 佐々木晴之
電話番号
03‐XXXX‐XXXX
メールアドレス
h.sasaki@●●●.jp
お問い合わせ内容
占い師今宵リツ先生、はじめまして。私グルメ情報誌OHASHI編集部の佐々木と申します。まだ企画段階で、正式決定には至っておりませんが、「本当に開運に効くラッキー食材ってあるの?」という企画が進んでおりまして、この企画の監修をしてくださる占いの先生を探しております。もしご興味を頂けるようでしたら、一度お電話でもお打ち合わせのお時間を頂けないでしょうか?ご検討よろしくお願いいたします。
メール返信の際にこちらの電話番号を記載し、今日はこの後特段用事がなく、いつでも電話を受けられる旨を伝えた。すぐさま知らない番号から電話がかかってきた。
底抜けに明るい声だった。
「いや〜先生、12星座占いとかでも、ラッキーフードってあるじゃないですか?本当にあるもんなんですかね?僕なんかは食べたいもん食べればいいじゃんって思っちゃうんですけど。すみません、僕占いのこと全っ然知らなくて」
笑いながら隠し事のない、隠す気もないあけっぴろげな気持ちを述べる。全く占いとかオカルトとか興味がなさそうな晴之に対し、律子は西洋占星術の惑星別に担当している食材やハーブがあることなども説明はしたが、電話口からでも明らかにピンときていなさそうだったので、
「例えば12星座別だと、牡羊座の生まれの人のラッキーフードは火を吹きそうな辛いものだから、新大久保エリアのお店をオススメできたり、牡牛座だったら薔薇と縁があるから、ローズ系のお茶とか薔薇園でのアフヌンとか紹介できますよ」と、実に具体的なアイディアを出してあげた。
「大変助かりました⋯⋯!今宵先生、是非この企画の監修お願いします。また進捗連絡しますね!」
と言って、晴之は電話を切った。
企画はその数カ月後、【舌も運気も美食でイキイキ!12星座別・東京大開運グルメマップ】としてグルメ情報誌『OHASHI』で特集が組まれ、WEB連載にもなった。でも、監修者として占い師:今宵リツの名前が載ることはなかった。
誌面が出る一ヶ月前に、晴之からシリアスなトーンで電話があった。
「すみません、企画自体は今宵先生のアイディアで通ったんですけど⋯⋯」
「ああ⋯⋯別の先生になっちゃいました?」
これが初めてではない。
もうちょっと"当たりそう"感の強いベテランの先生がいい、直接そんなフィードバックを他の媒体担当者からもらったこともある。特に驚きや憤りはなかったが、「またこのパターンか」という諦めにも似た気持ちが徐々に湧き上がってくる。
「本当にすみません⋯⋯。僕の力及ばずで、最後の最後で上司を説得できなくて。お詫びに、美味しい店知ってるんで、飲みに行きませんか?ごちそうさせてください」ということで、二人は新橋の牛タン専門店で落ち合った。
***
東風谷の一言と元夫:晴之の言葉が被って、思い出してしまった。
(いっぱい美味しいお店、連れて行ってくれてたな⋯⋯)
「次、一瞬だけ左下にして横向きになってもらっていいですか?」
言われるがままにベッドで身体の向きを変える。右の骨盤に触れられた。
「⋯⋯今宵さん、子宮、婦人科系の大きな病気や手術、やってますか?」
「え⋯⋯!あ、うん⋯⋯。一年前に⋯⋯。大したことはないんだけど、筋腫を取り除いたよ。お腹が張ってて、出血も前より酷くて。ピルの相談もしたかったからクリニックに行ったら見つかっちゃったの」
――晴之と結婚したのは二年前。
結婚後、二人で西新宿の広めの1LDKに引っ越すと、晴之は月一、二回の頻度で仕事仲間や学生時代の友達を、新居に連れてくるようになった。数ヶ月前からメンバーを集めて一緒におもてなし料理を作ることもあったが、「レシピ、分かるでしょ」ということで、家でも仕事が完了しがちな律子が一人で担当することが多くなっていた。
「うちの奥さん、料理とかテーブルコーディネート上手いんだよ。さすがグルメ情報誌の編集者の妻って感じだろ?」
「え?大丈夫大丈夫!怒んないんだよ、律子って」
「子ども?うーん、三年後くらいがちょうどいいかなって思ってる!」
酔って饒舌になった晴之の言葉を、律子はキッチンから聞いていた。
前の晩から特製ダレに漬け込んでいたラム肉をフライパンで簡単に焼いてローズマリーを飾り、リビングへと運んでいく。すると、晴之の大学時代の後輩のうちの一人が、占い師:今宵リツが12星座占いを担当しているファッション誌の上に赤ワインのグラスを置いていた。
表紙のモデルの顔に、紅いシミが拡がっていた。
「筋腫、大きいですね。早めに手術をしたほうがいいと思いますよ」
午前中に前の晩に晴之たちが飲み食いした食器を片付けたあと、紹介状を持って都内の総合病院に向かった。手術は特にお腹を切らなくても完了すること、妊娠出産の可能性は残されている手術方法だということ、入院手術は三泊四日程度で済むことなどを担当医から説明された。
(「子どもは三年後」⋯⋯か。)
自分はその頃、妊娠しているのだろうか?
子育てをしているのだろうか?
想像がつかない。
電車の窓に映る自分の顔は、驚くほど蒼白い。婦人科の検査は初めてではなかったけれど、未だに慣れないし、腹部には異物を挿入されたことによる鈍痛が残っていた。
その晩、日付が変わる前に帰宅した晴之は、玄関を上がるなり「疲れたー!なんかない?」といいながら、リビングのソファに寝そべり、恋愛リアリティショーの最新話を視聴し始めた。この番組に出ている料理系インフルエンサーが今度『OHASHI』とコラボし、特別付録でエプロンを作るらしい。
「ねえ、晴之。来月のホームパーティーの予定なんだけどさ、手術のスケジュールが、その付近しか取れなくて⋯⋯」
「えー⋯⋯マジかー。そんな悪かったの?分かった!じゃあいつならOK?みんな忙しいから早めにリスケの打診しないと」
その瞬間。
律子の中で糸が、切れた。
何本かがぐちゃぐちゃに絡まっていて、そこそこ重要な一本が糸同士の摩擦の熱で、焼き切られたようだった。焼き切られ、何かしらの熱を通していた糸は温かさも弾力も失っていた。身体中の体温が、下がっていく。
「分かった。お見舞いとか、来なくて大丈夫だから」
淡々と、ただ淡々と。入院の手続きを進め、入院に必要なものをネットで取り寄せ、淡々と、ただ淡々と。入院して、手術してきた。
晴之は急遽九州に出張が決まり、律子の入院中に見舞いには来なかった。
出張中の晴之からのメッセンジャー。
お疲れ様!具合、どう?こっちの美味いもん買って帰るよ。あと、一緒に入ってた保険で今回の手術の費用も下りるはずだから、連絡しとくといいよ。
病室で知らない天井を眺めながら、点滴を打たれながら「そうだね⋯⋯」と律子は小さく呟いた。
ーーー
「手術して、それからも定期的に検診は行ってます?」
東風谷が律子の骨盤をもみほぐしながら聞いた。
「うん、ちゃんと行ってる。っていうか、何でも分かっちゃうね。さすがプロの治療家。隠し事できないなぁ」
「言葉が通じない国に行ってたこともあって、切羽詰まると相手の顔とか雰囲気とかからしか、情報が得られなかったから、顔でも比較的なんらかが分かるようにはなっちゃったんですよね。もちろん全部じゃないですけど!今宵さんは、出血しがちな顔してるかな。エネルギーが漏れやすいっていうか」
そういって、東風谷はベッドの横にある保温器から温かいおしぼりを取り出した。手でおしぼりを拡げると、いい香りと湯気がふわっと拡がった。
「ちょっとこれ、お腹にあてといてください」
「いい匂いだね。あったかい。これなに?」
「南米の禁忌の植物エキスに浸したおしぼり」
「はあ!?」
「っていうのは冗談ですけど、企業秘密です!」
初回90分の施術時間はあっという間で、残り20分くらいになりかけた時――東風谷が言った。
「今宵さん、もしかしてマヤ暦で『白い犬』持ってませんか?」
律子は目を見開いた。
「!?なんで分かるの?」
「当たっちゃいました?嬉しいな」
驚いた。
マヤ暦は出生時刻が要らないぶん、占いを実際に使う人達の間でも人気がある術だ。律子もメインにはしていないが、プライベートで相性を見る程度には触れていた。だから自分の紋章くらいは知っている。
「すご。潜在意識の[ウェイブスペル]の方が『白い犬』だよ」
「やっぱり。今宵さん、めっちゃ我慢強いでしょう?優しいし、協調性がある。家族や仲間思いで、断れない。すごく真面目。ルールとか規則もよく守るし、〆切とかだって言われてもないのに一週間前とかに出してないですか?」
「⋯⋯その通りなんだけど」
「身体にも、よく出てます。頭はパンパンだし、みぞおちには指が入らない。でも、今日ほぐしてだいぶ良くなったはずです。表の[太陽の紋章]の方も当てましょうか?⋯⋯多分、赤系。赤い竜か、赤い地球。もしくは⋯⋯黄色系だとするなら、黄色い星」
「すごいね⋯⋯赤い竜だよ。東風谷先生、マヤ暦のプロ占い師じゃない⋯⋯。マヤ暦に関しては私仕事で使ってないから、道を譲るわ」
「お、いいんですか?売れっ子占い師に道、譲られちゃった♪」
「⋯⋯ちょっとカチンと来るわね(笑)あくまでマヤ暦だけね」
「へぇ〜。僕もなんか、当ててみてほしい〜」
律子の中で、突如着火する音がした。
「こうなったら⋯⋯東風谷先生の星座、当ててやるんだから!」
左の鎖骨のすぐ下。皮膚の薄いところに、ひやりとした指先が触れる。次の瞬間、鍼は、鍵穴に鍵が通るみたいに適所へと滑り込んだ。
「⋯⋯っ!」
「ぜひぜひ。星座、当ててみてくださいよ」
灸の準備をしながら、楽しげに、でもどこか試すみたいな声色で、東風谷が返事をする。律子は悔しさに似た熱を飲み込む。
「本気だからね⋯⋯ちょっと、考えさせて⋯⋯」
そう言って、左腕の腹にかすかな灸の熱の気配を感じ、右掌で両目を覆う。
(こういう時は、消去法だ。まず、風の星座――双子・天秤・水瓶は違う気がする。とくに双子!あの独特の軽さは、この人には全く感じない。
顔の整い方は天秤っぽいけど、あんなに“あっさり”していない。
水瓶も⋯⋯違う。ぶっ飛んでるのに、ぶっ飛んでる自覚がない、天然な感じがする。人と違うことを客観的な視点からは見ていない、流されて受け止めた結果、こうなった人)
(若くして「自分の城」「自分のブランド」を既に手にしてる感。不動宮のどっしり感が、ある。牡牛・獅子・蠍⋯⋯。獅子の王者感も一瞬よぎるけど、あの分かりやすい熱さや“クドさ”がない。⋯⋯牡牛座?全然ある。けれど、聞かされたエピソードのような、なかなかの放浪旅に耐えられるのだろうか?牡牛座だとしたらもっと滞在国は少ない気がする。⋯⋯蠍⋯⋯?ありえる。鍼灸も刺青も「ハリ」を使う仕事だし)
――核心に迫るために、律子は質問をひとつ投げかけた。
「東風谷先生、学生時代は部活なにやってたの?」
「弓道部です。全国大会とかも出てましたよ」
(弓道部⋯⋯!?似合う⋯⋯っぽい!!射手座? 弓矢を構えた人馬? 放浪感もあるし、雷モチーフもゼウスっぽいし、射手座の線もかなり強い。でも――対峙した時の第一印象が、やっぱり“しっとり”なんだよな)
「ねえ、もう一個だけ質問」
「え〜、ラスイチですよ」
「もし、恋人に『他に好きな人ができた、別れたい』って言われたら、すぐに別れる?」
東風谷の灸を扱う手が止まった。
――あ、まずかった?
一瞬、律子はひやっとした。星座当てゲームのためだとしても、踏み込みすぎたかもしれない。
「⋯⋯そうですね、」
8秒くらい置いて、律子の目をまっすぐに見てこう言った。
「分かった。って言って、すぐに別れて、『あの人は死んだ』ってことにします」
(⋯⋯死んだ、ってことにする⋯⋯?)
「⋯⋯時間は、有限なんです。だから、好きだったならさっさと相手の手を離して自由にしてあげるのが、最後に渡せる最大級の『好き』の形かなって。でも、自分の気持ちもあるから⋯⋯『僕の世界では死んだ人』ってことにします」
(ああ⋯⋯なにこれ凄く、ジメッとしてる)
「ありがとう⋯⋯。じゃあ、当てにいくね」
「ファイナルアンサーですか?」
「それ、東風谷先生の世代も知ってるの?」
「まあネットでよく使われてるじゃないですか」
「ふふ、じゃあ、いくわよ⋯⋯!」
律子は深呼吸して、火を細く吐き出すように言った。
「東風谷先生の12星座は、『蠍座』です!」
東風谷の動きが止まる。
「⋯⋯ファイナルアンサー?」
「うん!ファイナルアンサー」
「そうです、蠍座です!」
「やったー!!!」
「正解です。11月22日生まれの、蠍座」
「うっわー!次の射手座と、最後の最後まで迷ってたんだよね⋯⋯。でも納得!蠍座の本当に最後の方だから次の射手座とのブレンドも始まってるよね。めっちゃ分かるわ〜。放浪感、弓道部、カミナリのモチーフ⋯⋯」
「ちなみに僕、金星星座は射手座だから、それも合ってます。12星座の説明とか読んでたまに『俺、射手座の方が合ってね?』って思うことありますもん」
「あ〜、やっぱりね〜!そう!最後まで射手座が捨てきれなかったの!」
律子の爛々とした目の輝きが増す度に、東風谷の口元も目元も比例するように緩んでいき、東風谷が拳を差し出したので律子も右拳を掲げてグータッチをした。
「さすが、占い師の今宵リツさん」
90分。全ての治療が終わった頃には、身体も心も羽根のように軽くなっていた。特に肩周り、肩甲骨。
衝立の向こうの簡易更衣室で着替えをし、シルバーのピアスをトレイから取り右耳、左耳と身に着けながら施術ベッドを通り過ぎて会計カウンターまで行く。
「お疲れ様です。ありがとうございました!ご近所さん割引価格のため、初回90分3,300円になります」
クレジットカードでのタッチ決済をしていると――
「俺、今この上に住んでるんですよ」
東風谷が天井を指差しながら真顔で言った。
「え、大家さん!?」
「このビル、うちのものなんですよ。二階のピラティス教室は姉貴がオーナーとインストラクターしてて、三階の不動産屋は兄貴が社長してます」
「えええ⋯⋯?東風谷家⋯⋯そして東風谷 響、一体何者!?」
東風谷の予測不能な物語のインクは、施術時間のキャンバスを飛び出して会計時間にまで飛び散ってきた。
(飽きない。でも、ちゃんと深いんだよな)
「兄貴は清澄白河で自分の家族と住んでるんですけど、姉貴と母はこの上にいて。最近俺、同棲解消したんで、一瞬出戻ってるんです」
「⋯⋯へえ、そうなんだ⋯⋯」
前半部分のお兄さんが清澄白河に住んでる情報は、今の律子にとっては重要なことではなかった。
玄関スペースで靴を履き替え、ドアノブに手をかける。
「⋯⋯今宵リツさん、また」
「今日はありがとうございました、東風谷 響先生⋯⋯」
治療院 東風‐KOCHI‐の扉の内側にはウィンドベルがついていて、扉を押した瞬間に鳴った。
師走に向かう頬を撫でる風はひやりとしたが、清々しかった。
外から初めて開けた時は、特に気に留めなかった音色。
音の波が、律子の身体で響き渡った。
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