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マラケシュに旅立つ彼女からの一切れのパン

2014年の3月と4月。私はまるまるロンドンに滞在していた。

ロンドンおよびイギリスへは、"リベンジ"に向かった。

海外旅行が大好きな親に連れられて、私は幼少期から比較的色んな国に遊びに行ったと思う。飛行機は大好き。普段暮らす地上からは絶対に見られない太陽の別の顔を拝めたり、知らない街の営みや輪郭線が、高度が下がってくるに従って、明らかになっていくあの感じ。異国に降り立った時の濃度高めの湿り気やこちらの許容量など全く考えてくれない感じの香りの波など、私は毎回異国向かっては日常の死を迎え、異国での顔と思い出を獲得し、日常に戻っては、異国での自分が消えるのを繰り返す。

色々イギリス滞在の理由はあったのだが、今回の滞在よりも前、高校2年生(2003年)の時にまるまる一ヶ月語学留学およびホームステイに行ったことがあった。

そこでの体験は強烈だった。

いきなりよく分からないまま大人からも子供からもヘイトを浴びせられる衝撃、ホームステイ先で他国の子と食事内容に差をつけられる、ブライトンという海辺の都市で泳いでいたら、いきなり石を投げつけられるなど。

今思うと尊厳とは?人権とは?これは本当に私の身に起こったことなんかい?と思いながら、当時は受けたエネルギーに対して感情の整理も言語化もままならないから「ウケるw」としてなんとかやり過ごすしかなかった。

決して、本当にウケていたわけではない。

受け止めきれない処理しきれないエネルギーを私はそうやっていなしてやり過ごした。自分の感情の名前が分からない。

でもずっと心残りだった。

「もう一回。イギリスに、自分の足で行ってみよう」

そう思ったのはどこかであの国の何かが好きで、「知り切っていない」と思ったからだろう。親のお金、誰かのすすめではなく、自分で全てを計画して、全てをブッキングして、自分の力でイギリスに行き"リベンジ"したくなったのだ。

ヒースロー空港から滞在先のゲストハウスまでは、ゲストハウスのオプションでドライバーでの送迎がつけられたので、つけてみた。イラン出身のドライバーと、どのくらいの時間だろう…。3時間くらい?ロンドンの渋滞に見事に巻き込まれて予定よりもだいぶ遅くゲストハウスに到着することになった。車内でイラン人ドライバーと会話する中で、彼は「自分の国に帰りたい」「この街は全然美しくないよ。僕の国が一番だ。この街は色がない」としきりに言っていた。イラン…ペルシャ、ペルシャ絨毯やモスクの国か。そうか、さぞ美しいんだろうな。そう思って、イランにも思いを馳せた車内だった。

長い長いドライブの後、無事ゲストハウスに着いたはいいが、入室中のゲストの皆様就寝に向かう時間に到着したので、彼らはちょっと迷惑そうだった。

中でも「明らかにガン飛ばしてるじゃん!;;」っていう方がおり、大陸を超える長時間フライト後、異国のドライバーと渋滞に巻き込まれ、やっとお宿に着いたらうっすらとした悪意に触れる。

しかも少しだけ胃腸の調子が悪かったのでフライト中もなにも食べていなかったし、着陸後もなにか特別口にする機会も作れなかったため、おそらく24時間強何も口にしておらず身体も心も疲労コンパイルであった。

「とりあえず、寝よう…」

もう現地時間で22時近くであり、そこそこ治安は良くはない地域ではあったので夜女一人で食べ物を求めて出かけるのは危険と判断した。
部屋に荷物を置き、共有のキッチンに行く。

すると、一人の東アジア人⋯らしき女性が、ちょうどキッチン&ダイニングにいて、お茶を飲んでいる。

「あら、今さっき着いたんですか?」

日本語だ。

そんな風に声をかけてくれ、今回のこちらの旅の目的だったり、どこの語学学校に通うの?だとか、色々聞いてくれて話が弾んだ。

話の中で彼女は明日、「マラケシュ」という場所に旅立つことが分かり、マラケシュにピンときていない私に彼女は「モロッコですよ^^」とにこやかに教えてくれた。なんでも雑貨の輸入をしているらしく、仕入れに向かうのだという。

話の流れで「何も食べてないけど、外に行くのは怖いからもう寝ちゃおうと思って」というと、彼女は「え!?お腹ペコペコでしょ?」という。

そして…

「ねえ、パン一枚分けてあげるから、食べなよ」

という。

しかも

「ハムもあるから、ハム挟みなよ」

と続ける。

この瞬間、私は彼女のことが本当に女神様に見えた。

まごうことなき空腹だったので遠慮する素振りなんて微塵もできず、

「えーーー!!!マジですかーーー!?!?」

となり、彼女の善意、施しを余すことなく受けとった。

後に散々味わうのだが、ロンドンの物価は高い。
だからみんなゲストハウスで基本的に自炊をするし、パン一切れだってその人にとっては貴重な食糧であり富である。

飛行機に一人で乗るのは初めてではなかったけど、やはり異国に一人で乗り込むのはいつだって緊張する。それに、異国でいきなり男の人と車で二人きりになるのは怖かったし、宿についてからだってド・アウェー存在として認知されて辛かった。

もやもやして、不安で、それでも「w」として目の前の時間をこなしていくしかなかった私の澱みかけていた心の井戸に、彼女の「一切れのパン」という善意の一滴がポツッと落ちてきて、一気に澄み渡ったのだ。

「ありがたい…ありがたい…」

そんな風に噛み締めながらパンを食べる私に彼女は

「いいよ〜、そんな〜」

と笑っていた。

翌朝マラケシュに発つ彼女は、明日もう早いから寝るね、といって、風のように私にパンを施して行ってしまった。

名前も聞けなかった。

でも今でも彼女から放たれていた、やわらかいそよ風のような雰囲気を思い出せるし、私の中で「善意とはなにか?」と聞かれたら彼女のことを真っ先に思い出す。

存在、したのかな?夢だったのかな?それくらいなんというかあのロンドンに着いてからの流れである意味異質だったし、やわらかく発光していた存在だったのだ。でも、ちゃんと心だけではなくお腹も満たされたのだから、彼女は実在したのだ。

実在したということが、本当にありがたいこと。

その後もロンドンに滞在中の2ヶ月間は色々なことがあった。

パリまでユーロスターで行ったのだが、ロンドンに帰るユーロスターの入国審査で重要な書類がなくて、岩みたいなパスポートコントロールのおじさんに「Who are you?」とガチ詰めされ、かいたことのない冷や汗かきながら、アイデンティティ証明を必死でするとか。
語学学校のロシア美女友達のお家にお呼ばれして、そこでタロット占いをモスクワ美女たちにするとか。
倉庫街みたいなところのクラブでのパーティーに呼ばれて、女友達数人でその街を歩くんだけど、なかなか会場が見当たらなくて「もうこれ誘拐されるかな?」とか本気で思ったり(無事会場は見つかりブチ上がりました)。
大事な時計を盗まれたり(泣)。
念願のストーンヘンジへも、一人でバスツアーを申し込んで行ってきた。
パブで色んな国の友達と話したのも、いい思い出。

「ああ、ド・アウェーだなぁ」
「めっちゃ悪意ある目向けられてんじゃん(泣)」って思う瞬間もあれば、

「文化違うけどここは一緒なんだね!」とか、ファッションやアーティストの話で他の国のみんなと盛り上がれたりして、本当に本当に、2回目のロンドンでの思い出は、財産になった。

色々があって、ギュギュっと濃縮されているけれど、ロンドンでのことを思い出そうとすると、真っ先にはあの到着した夜の、ゲストハウスのキッチンが浮かび上がる。

「マラケシュの彼女」のやわらかい声と、パンの匂い。名前も知らない、翌朝には風のようにマラケシュに発ってしまった、彼女。

あの一切れのパンの味、彼女が落としていった善意の一滴を、私はたぶんずっと忘れないだろう。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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