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『苦役列車』発『みずうみ』行き

西村賢太・著「苦役列車」を読みました。東京に行っていた時に、上野駅構内の三省堂書店アトレ上野店でもとめたものです。

理由として、以前から注目している、ルポライター/エッセイストの國友公司氏が「あんな本が書けるようになりたい」と言っていたこともありました。

印刷された活字なのに、踊っている、匂っている(臭い)とでもいうのでしょうか、ああいうのを正しく、圧倒的な筆力というのだなと感じました(もっと力強い比喩が欲しいところ!)。三島由紀夫氏も「言葉の芸術」なんて括られますが、西村氏のもそう。西村氏のほうが、二度読み三度読みした噴飯ものの表現が多いです。

途中ドラマの撮影の場面がありました。役者という仕事を殊更特別だとは思っていません。苦労も多いからです。とはいえどんな仕事だって大変な面はあります。引き返さない僕は既に50歳。引き返せないとは言いたくないです。

併録されていた「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」もとてもよかったです。
気がつけば、話の中に「川端康成文学賞」とか「川端康成」「川端」の文言が度々登場します。
北区の王子は何度も訪れたことのある僕でしたから(王子小劇場)、あの頃を思い出しながら僕は勝手に読んでいました。作中の西村氏は「ぎっくり腰」に大変苦労しています。そんな彼は「川端康成」の「みづうみ」を古書店で購めます。

僕は「苦役列車」「落ちぶれて~」を読むことを目的にしながら、次に読む本を、川端康成「みずうみ」に決めました。

高校から大学あたりでは「近代文学」にハマっていて、その辺をよく読んでいた中に「みずうみ」もありました。

しかしながらもう僕の本棚には「みずうみ」がなく、BOOKOFFに行っても最近置いてないみたいですね近代文学。書店に行って新しい「みずうみ」を購めました。記憶の装丁とは違ったけれど、中身は変わっていない筈。

「苦役列車」に乗って、「みずうみ」に着いたのでした。

(昨日は仕事のあと飲酒することを決めていたので、久しぶりに電車移動。快晴の午後4時半の陽光まぶしく、田植えの時期か水が入り、水面の反射で建物うつくしく、紫陽花が少し気の毒な様子だが、水の入った大きな田んぼは、みずうみに見まごうばかり。というのは少しのロマンチシズム。)

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岩渕 敏司 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。もしこの記事があなたの心に響きましたなら、応援いただけると嬉しいです! いただいたチップは今後の発信に還元できたらと思います(岩渕)。