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闇 389(ガジリングストーカーハート編)


闇 389(ガジリングストーカーハート編)

2025/11/07 fry
前回の章


店のドアを開けようとして思い留まる。
君代との貴重な時間をあんなガジリ屋に邪魔され、この幸せな気分を壊されていいのだろうか?

俺は神に問う。
岩神様…、ヤスを私が出迎えてもよろしいのでしょうか?
どうか、お答え下さいまし。
駄目だね。
うん、すぐ答えが返ってきた。

「川崎さん」
「ん? ど、どうしました、あ、赤崎さん。う、うちのお客さんですよ?」

「ええ、ちょっと知っている奴なんですよ。会うと面倒なんで、川崎さん対応してもらってもいいですか?」
「ん? あ、ああ…、べ、別にいいすよ」

ドアを川崎が開け、歌舞伎町でも乞食客またはガジリ屋として有名な鈴木康弘ことヤス堂々の入場。
俺はカウンターのところへ身を隠し、ガジリ屋の視線から逃れる。

だらしなく弛んだ腹をユサユサと揺らしながら二卓へ座るヤス。
俺はグラスに氷を入れ、冷茶を注ぐ。
コイツは昔からこれしか飲まないのだ。
別名『ヤス茶』。

川崎が一万円札を受け取りINをする。

「あ、赤崎さん、つ、冷茶」
「はい、ヤス茶」
「おぉっ! は、早いね! な、何で分かったの?」
「あはは、何となくです」

さて…、君代へメッセンジャーの続きを送るか。
いやいや、ヤス帰らないと無理じゃん。

あんなのを客として入れても意味ねえだろ。
早くあの馬鹿、帰れよ……。

「おい、上握り」
「は、はい」

ヤス茶を出した川崎に対し、偉そうな言い方で寿司を頼むヤス。
何なのあいつ…、他の店だとあんな命令口調になるのかよ。

「あ、赤崎さん、や、野郎寿司で、じょ、上握りお願い」

「川崎さん…、ヤスの寿司って店で持つんですよね?」
「そ、そうだよ。な、何で?」

「あいつ、そんな使わないですよね?」
「ま、まあ、そ、そうだけど、か、香川さんが客の出前は、タ、タダって決めてるからさ」

「分かりました……」

仕方なく野郎寿司へ電話を掛ける。
忙しいのか十回コールしても出ない。

ヤスがここに来ているという事は、山本も来る可能性あるのか?

インカジ『餓狼GARO』時代の同僚山本。
何故かヤスとは腐れ縁のように仲がいい。
一人でもウザいのが、二人揃うと面倒臭いなあ。

そういえばチビスキンヘッドの松島も、ヤスの連れだったっけ。

野郎寿司へまた電話をする。
中々出ないぞ。
それに山本もこれから来て、二度手間になる恐れもあるな。

あの二人、仲いいのか悪いのか、本当に意味不明だし。

電話のコールを聞きながら、あの忌々しいヤクザ直営ゲーム屋時代を思い出す。

インターホンが鳴る。
モニターを見るとヤスが映っていた。
あの野郎…、俺の情報を川上みたいなキチガイに教えやがって……。
一言文句言わなきゃ気が済まない。
ドアを開け店内へ入る途中、突然足を止めるヤス。
視線は山本の後姿をジッと見ていた。
「すいません…、今日は打つ気分じゃ無くなったので、やっぱり帰ります」
「は? 何で?」
回れ右して帰ろうとするヤスに声を掛けた。
「いえ、打ち気を無くさせるような気分悪い奴がいるので、今日は帰ります」
山本一人しか中にはいない。
この二人、犬猿の仲なのか?
ヤスが店を出ようとした瞬間だった。
山本が背を向けたまま「このガジりが…」と呟く。
ピタッと足を止めるヤス。
俺の方を向き「今、あいつはこの私に対してガジりと言ったんですか?」と口を開く。
そして山本のほうへ近付いていった。
「おい、人から金を借りておいて、人の事をガジりとかよく抜かしたな? この馬鹿本が!」
ヤスの会心の一撃。
山本は二十三ポイントのダメージを受けた。
「バ…、馬鹿本? テメー、言うに事欠いて何が馬鹿本だよ! この乞食野郎が!」
何、この素敵な展開は……。
目糞鼻糞の熾烈な応酬。
危なく吹き出しそうになってしまう。
俺は邪魔をしないようそっとドアを閉め、突然勃発した『第一次ザ・歌舞伎町底辺ウォーズ』の様子を見物する事にした。
ソーッと足音を立てずに奥へ行く。
この二人の聖なる戦いに、決して水を差してはいけない。
ガジり、馬鹿本、乞食、馬鹿、ケンチャン、バカボン…、とにかく底辺的な言葉がとにかく店内に木霊する。
それにしても山本と馬鹿を掛け合わせた馬鹿本は語呂といい呼び名としても、見事なクリティカルヒットで秀一だ。
山本の山も、馬鹿も、すべて母音は『あ』なのである。
そこまで狙ってヤスも言った訳ではないだろうが、無意識な状況でさらっと言えるところにどうでもいい無駄なセンスが光っていた。
人間ここまで醜くなれるのかを表現したようなドラマスティックバトル。
推測すると金にだらしない山本が、ドケチで有名なヤスから金を借りたのだろう。
何が原因か分からないが、まだ金を返しきっていないのにこの二人は何かがきっかけで仲違いした。
そんな状況の中、山本は金を返さずうちの店へ打ちに来てプレイしているところ、ヤスが来店した勃発した訳か。
俺は従業員待機用の道路側の壁際のカーテンをゆっくり閉め、隙間からデジタルカメラを構える。
こんな名場面中々訪れる事は滅多にない。
あくまでも二人に撮影をしているのだけはバレる訳にいかないので、慎重に様子を見る。
カメラ越しに隙間から見ると、何故か山本もヤスも笑顔で話している。
え、この短時間の間で何があった?
一瞬山本がこちらを振り向いたので、慌てて奥へ引っ込む。
「岩上さん…、あれ? 岩上さーん」
「はい、何でしょう?」
「俺たち帰りますんで、ドアをお願いできますか」
「は、はあ……」
さっきまで骨肉の争いをしていたくせに、二人は仲良く並んで店を出て行く。
一体どういう神経をしているのか?
よく馬鹿本に乞食と言い合いながら、あそこまで短時間で仲良くなれるものだ。
あの醜い骨肉の争いから、どの辺に和解できるポイントがあったのか?
とても心残りなのが、この『第一次ザ・歌舞伎町底辺ウォーズ』を映像として残せなかった事である。
ユーチューブとかフェイスブックへ投稿したら、素敵な記録を残せたものをいまいち使えない奴らだ。
本当この店は変わった人間が多い。

「はい、野郎寿司です」

あ、やっと出た。

その時、あの時の言葉が頭の中で一杯になる。
馬鹿本……。

「ブッ…、ブホッ……」

「もしもし? もしもし? 野郎寿司本店ですが?」
「あ、ブッ…、す、すみません…、上握りひ…、ブッ…、一人前お願いします」

必死に笑いを堪え、何とか注文をした。

「えーと…、どちら様ですか?」
「あ、すみません。ラッキーハ…ブホッ…、ラッキーハウスです」

「はい、ラッキーさんね。十五分ぐらいでお持ちします」

電話を切ると、俺はトイレへ駆け込み腹を抱えて笑う。
あの馬鹿本ネタって、分かる人間が本当に極少数だもんな……。

落ち着けって、仕事中なんだぞ?
川崎一人にやらせるつもりかよ?

でも馬鹿本……。

「ブッ……」

もういいよ、好きなだけ吐き出そう。
よし、落ち着いた。

深呼吸してからトイレを出る。

待てよ…、考えてみたら、山本は酒井さんのところのラーメン屋『麺処しゅう』の従業員だったよな?

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