闇 537(人間の繋がり編)
闇 537(人間の繋がり編)

2026/04/22 wed
※この作品は、因果律に業を加えた嘘偽りの無さを書いた小説です
前回の章

二千二十一年十一月二十三日、火曜日仏滅、勤労感謝の日。
ようやく休みに入る。
遠出と言っても、俺は行動範囲が狭いからな……。
ふと歌舞伎町にあった大島ラーメンを思い出す。
あそこの餃子が本当に大好きだった。
俺がまだ二十代後半だった頃。
ワールドワンで働いていた時に、あの店はできた。
裏ビデオ屋の時…、浄化作戦のあとぐらいまではあったのを覚えている。
今では駆け込み餃子になってしまったが、小滝橋通りにも池袋にもあったのに、もうどこにも無くなってしまったのだろうか?
あ、心筋梗塞の薬飲むの忘れていた……。
まあ数時間服用が遅れたところで、さほど問題はないだろう。
ベランダへ出て、携帯電話で検索してみると、護国寺にまだ残っているのを見つける。
十数年ぶり?
下手したら二十年以上経つかも。
以前新宿や池袋にもあった大島ラーメン。
待っていろよ?
これから初の護国寺だ。
まず池袋まで行き乗換。
東京メトロ有楽町線の護国寺駅まで来ると、駅員に聞きながら六番出口を出た。
歩く途中、講談社のビルがこんなところにあったのかとカルチャーショックを受ける。
携帯電話の地図を何度も見ながら、辺りの様子を確認しつつ慎重に進む。
あった!
大島ラーメンだ。
すると、この通りが音羽通りでいいのか。

ちょっとだけ感動でウルッと来た。
本当に心底ここの餃子を食べたかったのだ。

初めてこの店の餃子を食べた時、俺はあまりに感動し、ワールドワンの従業員たちへ食べさせたくて持ち帰りを頼んだほど。
店長の所に渡し「熱い内にどうぞ、みんなで食べて下さい」と言いながら、食事休憩の時間を短縮してホールへ出る。
戻ってきた所に味はどうだったか聞くと、抜群に美味かったと笑顔を見せた。
続いて島村に餃子買ってきたから早く食べてと勧めると、三十秒もせずに戻ってくる。
「あれ? 島村君、もう食べたの?」
「所さん、酷いですよ。岩上さん、餃子を二人前買って来たんですよね? 俺と松田さんの一つずつしか残っていないですよ……」
あまりにも酷い所の所業。
あの男は大島ラーメンの餃子の旨さのあまり、部下たちの分まで我慢できずに多めに食べてしまったのだ。
俺はこの店を絶対に応援したい。
そんな信念にも似た感覚。
ワールドワンに来る客で、出前を頼む人間には最初にまず大島ラーメンを勧めたほどだ。
一日に何度も出前が入るようになり、大島ラーメンの中国人店員はカタコトながら笑顔で毎回感謝を述べる。
ある日、餃子が旨いと言っているのに、ラーメンを頼んだ客の出前を持ってくるのに、何故か二人で店までの地下の階段を降りる姿がモニターに映った。
何故二人で来たのだろうと疑問に思っていると、一人の従業員がコケて階段を転げ落ちる。
俺は飛び出してまずラーメンを受け取り客へ出す。
その時コケた従業員はしばらく起き上がれず、相方がしきりに「大丈夫カ、大丈夫カ」とカタコトの日本語で声を掛けつつ、俺には「ありがとゴザマス」とお礼も交互に言っていた記憶が蘇ってきた。
何で新宿にあったのを閉店してしまったんだよー……。
当時の思い出を噛み締めながら感慨深い気持ちになる。
店頭の写真を撮って、軽く深呼吸してから中へ入った。
さて行くぞ…、いざ大島!
メニューを眺めながら、餃子を食べに来たんだよ俺はと心の中で叫ぶ。

もちろんダブル餃子定食を注文。
羽根のついた餃子を見たのも、この店の餃子が初めてだった。
時代が進化したのか味噌ダレもついているぞ。
もう片方の小皿には、昔と変わらない大根おろしとからしもある。

酢を多めにタレを自分で作り、久しぶりに大島ラーメンの餃子を頂く。

また新宿に戻ってきてくれよ、できれば新大久保近辺に……。
無茶な事を思いながら堪能し、幸せな気分でアスクルームへ戻った。
二千二十一年十一月二十四日、水曜日大安。
大島ラーメンの餃子を食べたあとはー…、ルルルー。
ラ・ムーのハンバーグを食べるべきさー、ブボボボ。
一人で変な鼻歌を作りながら、ベランダでタバコを吸う俺。
そうだ、自然と出てきたハンバーグ。
今日はそんなハンバーグ日和。
新大久保駅のホームに佇む愚民たちを上から見下ろしながら、小声でまた変な鼻歌を唄ってみる。
大島ラーメンの餃子を食べたあとはー…、ル……。
ガラッ!
同じアスクルームのビップルームに住んでいるメガネを掛けた宿泊客がドアを開けて入ってきた。
今の歌、聞かれていないよな?
頭のおかしい奴だと思われるのも嫌だ。
黒縁の牛乳瓶の底のようなメガネを掛けた六十代前後の男を密かに俺は『おやっさん』と勝手に仇名をつけていた。
ガードマンのような制服を持って出て行くところを見掛けた事があるので、警備員系の仕事を生業にしているのだろう。
しかし俺はそんなおやっさんと会話一つした事がない。
ぶっちゃけるとどうでもいい事だからである。
タバコを揉み消すと、軽く会釈だけでしながら「アバよ、おやっさん」と心の中で呟く。
大久保通りを真っ直ぐ進み、小滝橋通りもそのまま突っ切る。
少しして右手に見えてくる喫茶店のラ・ムー。

今日は品切れだなんて言わないでくれよ、セニョリータ。
大島ラーメンのせいで、何故か無駄にハイテンションな俺。
入口を開けると、いつものひょっとこみたいな唇をした女性店員が俺の顔を見るなり「ハンバーグありますよ」と声を掛けてくる。
「じゃあ、それで。ドリンクはアイスコーヒーで」
店内はそこそこ賑わっており、いつも座る入口近くのテーブル席には太ったサラリーマンがハンカチで汗を拭いながらナポリタンを食べて、口の周りを真っ赤にしていた。
ふん、ナポリ如きで俺の席を占領しくさって……。
「奥のカウンター席のほうへお願いします」
ナポリ男の前を素通りし、椅子に腰掛けた。
あの男が真っ赤に染めるなら、俺はデミグラスソースで口の周りを茶色に染めてやるぜ。
「……」
いやいや、何か今日の俺のテンションおかしいぞ?
やめろ、普通にしとけ。
ボロが出たら、ここへ恥ずかしくて来れなくなるぞ……。
そんな事を考えていると、目の前に置かれるハンバーグライス。

そうそう、これを食べに来たのだよ、ブルンブルン。
「……」
だからそれをやめろって……。
ハンバーグ禁断症状が出ていたのかもしれない。
食べると思考回路も元に戻り、俺は「ご馳走様でした」と爽やかにラ・ムーをあとにした。
アスクルームへ戻り、ベランダへタバコを吸いに行くと、おやっさんがまたいたので会釈だけする。
平和だなあと煙を吐き出し、夜になるとインカジ『レディ』へ出勤した。
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