闇 617(劣化した身体編)
闇 617(劣化した身体編)

2026/07/18 sat
※1971年から書き始めて、とうとうこのシーンを書けるのだなという喜び。博多の部屋から見える景色がカンカン照りの昼間から、執筆に没頭して気付けばすっかり夜になっていた。でもこれはとても幸せな事である。
前回の章

二千二十三年八月一日、火曜日友引。
とうとう八月に入った。
俺は遅番シフトのまま。
今月から面子が店長の斉木はそのままだが、我妻と星野に代わる。
この四人で協力して生きながらインカジ『レディ』の業務をこなす。
先日『先生と呼ばれて』を読み返し、何故過去にあそこで止まったのかを考えてみた。
まず処女作『新宿クレッシェンド』から始まった俺の小説。
たまたま運良く文学賞を取り、本になった。
馳星周や大沢在昌に次ぐなどと、出版社サイマリンガルに当時そう宣伝され、読者からもリアルな内容がと評された。
元々クレッシェンドは史実をかなり湾曲し、柔らかく表現したもの。
それならリアルさの追求をと思ったところが、俺の自身の最大の勘違いではなかったのだろうか?
続く続編の『でっぱり』。
あれはクレッシェンドに出てきた岩崎と、その同級生で新キャラ勝男を入れダブル主人公として完全なるフィクションを描いたもの。
本を出してからの『新宿プレリュード』から、俺自身の実話をそのまま書くようにした。
つまりクレッシェンドがフェイクなら、プレリュードは同じ設定での真の実話。
ここからすべておかしくなったのではないか?
そんな作品の続編として無理やり繋げたプレリュード。
自分で内容は面白いと思いながら書いた自信作だった。
でも世の中の反応はいまいち。
何故?
クレッシェンドと同じ設定でより過激で、史実通りだからリアルなのに……。
岡部さんがこの作品にコメントをくれたのが勘違いのものだったのだ。
『何度でも読むかも。でも泣いちゃって読めないかな。 岡部』
あの岡部さんにこう言わせたプレリュード。
しかしこれは作品の出来がいい訳ではなかった。
浅草ビューホテルから歌舞伎町へ。
死闘、ヤクザの事務所を経て別のゲーム屋へ。
そこで実際に俺は試合をした総合格闘技の試合のシーン。
本当に色々盛りだくさんに入れ過ぎた。
でも岡部さんが泣いたのは内容じゃない。
現実的に俺があの時試合に出たのは、トンカツひろむで野原さんと言いあいになったからなのだ。
岡部さんはこの作品を読んで泣いたのではない。
野原さんの死を思い出してしまうからこそ、涙が出たのだ。
馬鹿な俺は、この事を今になって気付く。
何年だよ…、あれって二千二年だから二十年経って今頃俺は気付いたのか?
そんなプレリュードの二番煎じみたいな作品を今更ながら書こうとしていた俺。
しかし当時勢いだけの自分は、続けて作品を書き続けた。
『新宿フォルティッシモ』でゲーム屋『ワールドワン』の終わりまで。
『新宿セレナーデ』では自身のピアノと裏ビデオの話。
『新宿リタルダンド』では歌舞伎町浄化作戦で警察へ捕まった留置所の話。
『新宿コンチェルト』で風俗『ガールズコレクション』のグダグダ経営と、俺と百合子の子を中絶した話を書こうとして嘔吐。
これが引き金となり、俺は十二年半の執筆の空白を生んだ。
つまり『先生と呼ばれて』は、コンチェルトのあとの史実。
途中を抜かした状態のまま勢いだけで書き続けた結果、またも途中頓挫してしまう。
なるほどね…、当たり前の構造だったのか。
俺は家業の件に首を突っ込んだが、終わりだけ見れば何の役にも立たなかったのだから……。
作品として見た場合、カタルシスも感動も何も無いどっちらけな内容。
だからこそ自身の恥をただ書くだけだと本能的に自覚したからこそ、筆が急激に止まった。
これは『鬼畜道~天使の羽を持つ子~』にしても、理屈は同じ。
現実の俺自身が不甲斐ない結果に終わったから、リアル思考の小説が完成できなかったのである。
では、一から物語を作って書く?
「……」
そのアイデアがまるで出てこないから、せっかくノートパソコンまで買ったのに止まったままなのだ。
以前の馬鹿なままなら、勢いのまま書けた。
しかし多大な年月と、必要以上に物事を考えるようになった今、俺には才能の欠片も無かったのかもしれないという自虐的思考だけが根底に残る。
二千二十三年八月五日、土曜日赤口。
インカジ『レディ』へ仕事へ行き、終われば河本マンションで過ごすだけの単調な日々が続く。
唯一違うのは、休みぐらいは飲んで憂さを晴らそうという感覚だけ。
串市場んへ行き、酒を飲みながら自分を誤魔化す。

串カツを食べながら、昔はあれだけ意気揚々と書けていたのになと懐かしむ。

何の取り柄も目的も無く、俺はこのまま年だけ取って朽ち果てていくのだろうか。
二千二十三年八月六日、日曜日先勝。
また代わり映えのない生活が始まる。
次の休みが十日の木曜日で平日なので、横浜の石川雅之へ連絡して、蒲田で食事に行く約束をした。
蒲田といえば定食の井戸屋。
大好きだったローストビーフの店ホージーホージーは、コロナ渦で潰れてしまったので、もうこの店しか残っていない。
楽しみは心から楽しめる食事ぐらい。
何とも侘しい人生になったものだと悲しくなった。
二千二十三年八月十日、木曜日大安。
金も権力も何も無い男は、組織のルールに従いながら真面目に働き、生活する為の金を稼ぐしか術はない。
そこへ楽しみや遣り甲斐を見い出せない以上、あとは趣味なり食欲などへ方向転換していくしか方法はなかった。
親しい異性がいる訳でもなく、歳だけ無駄に取っていく。
仕事明け昼に約束をしていたので、寝ずに時間を潰す。
横浜からわざわざ石川雅之を呼び出しておいて、すっぽかす訳にはいかない。
総武線で大久保から品川。
そこで乗り換えて蒲田駅。
今日の休みぐらい頭を切り替え、念願の蒲田の井戸屋へ行くのだ。
頭を空っぽにして素直に楽しもう。
京急蒲田駅へ向かい徒歩で五分程度。
全天候型のアーケードのついた京急蒲田商店街あすとへ到着。
こういった屋根付きの商店街を見るだけでワクワク感が止まらない。
石川と商店街で合流し、井戸屋へ入った。

ここへ来るのは何年ぶりだろう?
そのぐらい久しぶりだった。
井戸屋で俺の頼むものは決まっている。
ハンバーグ定食に、茄子の素揚げ生姜醤油。

一口食べてから、「ずっと来たかったよー!」と歓喜の声をあげた。

この店が大久保にあったら、毎日通うのに……。

「石川さん、どうします?」
「何がですか?」
「もう一度井戸屋入っちゃいます?」
「今食べたばかりじゃないですか!」
「だってホージーホージーは無くなってしまうし、ここへ来た楽しみが半減してしまったじゃないですか」
「食べ物屋じゃないけど、岩上さんが喜びそうなところありますよ」
「え、どこですか?」
「こっちです」
そう言うと石川はJR線蒲田駅の方向へ歩き出した。
蒲田の自動販売機を使った結婚相談所へ到着。
「何だ、こりゃ?」
「岩上さん、こういうのお好きですよね?」
自動販売機に書かれた文面を読んでみる。
【MAP】
自動販売機結婚相談所のご案内。
お見合いご希望の方はこの自動販売機より缶缶を購入下さい。
缶缶のPOPカードにお問い合わせ電話番号が記載されております。
又電話の際はシリアル番号をお知らせ下さい。
缶缶のPOPカードは必ず相談の際にお持ち下さい。
お見合い費用はセッティング料金金として 16,000円が必要です。
但しお見合いが出来なかった場合は全額返金致します。
成婚費用は双方入会金や月々の会費等は必要ありません。
結婚相談は又が日本人の方専門の結婚相談所です。
外国語のわかるスタッフは当社にはおりません。
宜しくお願い致します。
「……。これ、新手の出会い系サイトみたいなもんじゃないですか」
「そうですね。結局三千円とか安い金額で釣って、いざ女性と会うとなるタイミングで追加一万六千円掛かるといったアコギな商売です」

自動販売機上段一列だけ、通常のドリンクが販売されている。
それ以降は缶に、ピンク色の紙を巻いたものがズラリと並ぶ。

一体何が書いてあるんだ?
俺はピンクの紙を覗き込んだ。
缶一つ一つに女性の年齢が書いてあり、一つ三千円。
女性26歳です よくお願いします。
女性27歳です よくお願いします。
女性22歳です よくお願いします。
女性23歳です よくお願いします。
女性30歳です よくお願いします。
女性25歳です よくお願いします。
各缶の下部共通文言
私の写真は相談室で見ることができます。
住所・年齢・電話番号が記載されています。
日本人男性のみ購入できます。
インターネットで登録。
MAP自動販売機。
下段(価格表示)
登録費用 3,000円。
(下段の缶も同様に女性の年齢と「よくお願いします」の文言が並ぶ)
「石川さん、何歳がいいですか?」
「ん? 何の事です?」

「俺が三千円出しますから、好きなの試してみて下さいよ」
「嫌ですよ! 余計な金が掛かるだけじゃないですか」
俺たちは顔を見合わせ大笑いしながら先へ進む。
入口に鳩がいる風俗を発見。
何だ?
こののほほんとした如何わしい店は……。

『キューピット』と書かれた看板には、昼のみできますと書いてあり、値段は五百九十円。
しかも二杯まで無料。
「これ、ただのピンサロですよね? 何で入口にこんな鳩がいるんですか?」
「うーん…、よく分からないですけど、ここの従業員が餌付けでもしているんじゃないですか」
しばらく立ち止まり、呑気に首を振りながら歩く鳩を眺めた。

「岩上さん、寄ります?」
「寄る訳ないじゃないですか! 階段上がる時、鳩から糞を掛けられそうですよ」
「あはは、じゃあ次は蒲田のこっちは逆口へ行ってみますか」
蒲田駅を横ぎって西口へ向かう。
立ち飲み『魚椿』へ入る。
まだ酒を飲んでいなかったので、メガ緑茶ハイに、みかんのお酒ロックをもらった。

ここは茄子の天ぷらがあるので、いい店だ。

基本魚類は頼まず、野菜系の天ぷらを頂く。

暴れん坊将軍石川ッチが「隣の大井町行ってみませんか?」と言うので初めて来訪してみる。
「徒歩で行けるんですか?」
「いやいや、こんな真夏に一時間以上も歩きたくないので、電車で二駅なんで行きましょう。京浜東北線ですぐですよ」
『東小路飲食店街』と書かれたレトロなアーチ。
それを見て、雰囲気は新宿のゴールデン街に近い感覚がした。

何とも言えない味のある店が随所にあり、つい入りたくなるところが多い。

「大井町って案外楽しそうなところだったんですね」
「岩上さんには合うと思いましたよ」

色々見て回り、石川のお勧めで『まり花』という店へ入る。
ここのお茶ハイは、焼酎とビンで出てくるので面白い。

つまみにすぐ出てくるきゅうりのたたき。

そして塩もつ煮。

串焼きを適当に頼み、楽しい時間を過ごす。

仕事明け、寝ずに蒲田行ったのでもう睡眠不足でフラフラになった。
ここでお開きにして大井町駅へ向かうが、一本で新宿へ行ける事にビックリ。
しかし座れないくらい混み合っていたので、お陰で立ちっ放しのまま寝ずに乗り過ごす事もなく、無事帰る事ができた。
二千二十三年八月十一日、金曜日赤口、山の日。
また今日からいつもの日常が始まる。
フライをふと食べたくなり、フラフラと大久保駅周辺を探索。
結局小滝橋通りのラーメン大に入り、油そばを食べた。

具はたくさんあるけど、油そばってこうじゃないんだよなあ……。
横浜の伊勢佐木モールにあった油そば屋を懐かしく感じた。
二千二十三年八月十三日、日曜日友引。
目を覚ますと夕方。
今日は仕事を終えてからすぐ休んだので結構睡眠を取れた。
小腹が減っていたので近所の麺屋優創へ行く。

豚骨の味噌ってないのかな?
魚介じゃないほうがいいのにね。
仕方なく魚介味噌ラーメンを注文。

最近ラーメン食べる機会増えたなあ。
いや、純粋に近くでラーメン兼定食を出すような街中華が無いだけの話。
新大久保の大明飯店なら、ご飯ものにしていたはずだから。

平太麺なんて随分珍しいラーメンだな。

夜まで部屋で待機してインカジ『レディ』へ出勤した。
今日を乗り切れば、明日は休みだ。
二千二十三年八月十四日、月曜日先負。
特に何の予定もなく部屋でグダグダ過ごす。
夕方になり串市場んへ行くも、今日は営業していなかったので、大久保駅南口にあるやきとん吾作へ向かう。

老夫婦で営んでいる駅前の焼鳥屋。

そういえばこのまま南口を通り過ぎ、大明飯店へ向かう道を真っ直ぐ行けば、職安通りのドンキホーテの手前に立ちんぼがいるよな。
しばらく女を抱いていない。
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