闇 21(ゲーム屋地獄変)
闇 21(ゲーム屋地獄変)
2024/08/13 tue
2025/07/15 tue
前回の章
今までで一番長く働いた場所になったワールドワン。
思えば自衛隊から始まり、変な平子の広告代理業、原一探偵事務所、妙な教材売り、横浜のシーパラダイス、共同商事、全日本プロレス、グリーンプラザ上越、浅草ビューホテル、そして歌舞伎町……。

新宿でも十円レートのベガから始まり、チャンプ、エース、プロ、それから今のワールドワン。

俺も三十二歳。
社会に出てからもう十四年経ったのだ。
金が無かったあの若い頃に比べたら、比較にならないほどの金が入ってくる。
しかしこの夢みたいな現状もあと二ヶ月。
それでワールドワンは終わるのだ。
従業員や客へ言えないもどかしさ。
俺と佐々木さんの二人で店の金を抜く秘密。
本当はリングの上で戦って生きたかった。
不完全燃焼の総合格闘技。
ピアノもザナルカンドは弾けるようになったものの中途半端な状態。
そして一般人離れした肉体だけが残った。
あの店が無くなったら俺はどうするのだろう。
先の事を考えてみたが、何も分からなかった。
クビにした山下の代わりに新人の西森、そして廣木が店に入ってきた。
西森は明るくとっつきやすい性格。
廣木は俺と同じ年でとても無口だが、ゴルゴ十三をこよなく愛し、その話になると無性にお喋りになる変な男だ
系列店のチャンプの遅番に警察が入り、責任者の有路と新人の中谷が捕まったという情報を聞く。
プロレス好きの有路とは話が合い、たまに仕事を終えてから食事へ行く仲だった。
そんな時でも俺はいつも通りワールドワンで働くしかない。
チャンプの二番手の原から連絡があり、一緒に焼肉へ行った。
原と有路はとても仲が悪い。
俺がチャンプに顔を出すと、どちらもいない方の悪口をいつも言っている。
チャンプがパクられた二日後、新人の中谷だけが釈放。
本人曰く、自分には強力なコネがありそれを駆使して出てきたと原は言う。
まだ出てこれない有路の事が心配ではあるが、俺には何もできる力が無い。

同じく系列店のリングが捕まる。
歌舞伎町に来て最初に働いた世永もやられたらしい。
俺は彼の紹介があって今のワンオン系列で働く事になった。
世永には弟がいて、弟は系列店のチャンピオンで働いている。
佐々木さんが店に来て、もう無くなったプロの責任者の横道から連絡があり、一からのつもりで働くからワールドワンで雇ってもらえないかと言ってきた。
しかしあと一ヶ月くらいしかこの店は持たない。
プロが無くなり他の店で働いたものの人間関係で揉めては辞めを繰り返し転々としていたのか?
あの客と衝突する猪突猛進な性格は直っていないだろう。
そう思うと哀れに思う。
だが、あの横道が路頭に迷い、プライドまで捨てて頼んできたのだ。
一応伊藤や岡本に相談してみた。
「岩上さんの元上司なんですよね? しかも過去揉めた事がある…。そんな人来たら仕事働き辛いです」
可哀想だが、俺は佐々木さんに横道は無理と断った。
シャブに手を出しトザンの銭に手を出してチャンプをクビになった久保田から突然連絡が入る。
聞いただけの話だが、林と同じ〇〇連合のヤクザへ入ったものの、現在組の金を持って逃走しているはずだ。
「久保田さん! 今どうしているんですか?」
「た、助けて……」
彼の言う助けるとは何か?
ロクでもない事に引きずり込まれるのは明白だった。
「何でシャブなんかやったんですか……」
「だって…、しょうがないじゃん……」
「いくら必要なんです?」
「五百……」
さすがに無理だ。
今の俺の持金の額じゃ足りない。
一万、二万なら気楽にあげられた。
いや、昔からの付き合いだ。
十万くらいならあげても良かった。
しかし絶対に返ってこない金五百万なんて無理だった。
それにそこまでの金は持っていない。
俺は丁重に断る。
「ごめんね、岩上君……」
それだけ言って久保田は電話を切った。
通話を終えてから、何とも言えない虚無感に包まれる。
だって無理だろ、どう足掻いたってさ。
自分で勝手にシャブに手を出して、金持ってとんずらしたのだ。
自業自得だろう?
でも彼は最後に俺へ救いを求めてきた。
いや、だからできる事できない事があるだろ?
久保田のは完全な後者だ。
答えの出ない自問自答。
俺はジャズバーのスイートキャデラックに行き、グレンリベットを飲んで現実逃避をする。
吐き出した煙が空に消えていくのをただ黙って眺めていた。
歌舞伎町内だけで百軒はあると言われたゲーム屋。
世の中の流れが変わってきたのか少しずつ減ってくる。
以前なら街を歩いていると、必ず一円玉か十円玉のマークが入る電光看板がどこにでもあった。
客はそれでレートが一円か十円か理解して自由に入ってくる。
減ったのは我がワンオン系列にしても同じだった。
系列店のアリーナは、元々業績不振の為閉店。
責任者のロン毛の佐藤は今後どうするのだろうか?
彼がまだリングへ居た頃、よく仕事終わり食事へ行った。
でも俺にはどうする事もできない。
どんどん寂しくなっていく。
明日は我が身、だが佐々木さんと組んで店の金を抜いている俺はまだマシなほうだろう。
そんな中、地元の先輩である土方智こと坊主さんから中目黒にある会社プロハウスに一度招待され伺う。
パソコンだらけの会社は、セキュリティ万全なサーバー室まであった。
十二畳くらいの中にはモンスターサーバーが置かれている。
深夜、店を抜け出しての時間帯だったので、当然社内には坊主さんと俺しかいない。
「智、ちょっと待ってて。仕事片付けちゃうから」
そう言いながら大きなモニターの上に置いてあるキーボードに両腕を上げたままタイピングしている。
俺と他愛ない話をしながら、モニター横にあるレバーを下に倒し、今度は目の前のキーボードを叩いていた。
「それは何をやってんですか?」
「ん? ああ…、上のキーボードがマックで、下にあるのがウインドーズ。モニター横のレバーは上にやればマックの画面、下でウインドーズ。変換機だね」
言っている意味がさっぱり分からない。
坊主さんの意図は業界最先端を見せて、俺へさらにパソコンを興味持たせようとしたようだ。
これまで身体一つで生きてきた俺にとって、パソコンが便利なのはとりあえず理解はできる。
しかしさらに追求となると、頭がパンクしそうだ。
人間得手不得手がある。
翌日、有路がようやく釈放される。
一ヶ月近く拘留されていた。
通常なら刑事拘留の二十四時間。
そのあと東京地方検察庁により、十日交流が二回で二十日。
計二十二日で起訴されなければ釈放されるはずだが、目一杯中にいた事になる。
二日ほどですぐ釈放された中谷。
アイツせいで大変な目に遭ったらしい。
「あの馬鹿よ…。最初の刑事拘留の時にベラベラ喋りやがってよー」
「え? だって捕まったら系列毎のマニュアル通りにって話じゃないですか」
ここでいうマニュアル。
例えば俺が捕まったとする。
その時店内にいる従業員すべて捕まる訳だが、取り調べではみんなただの従業員で給料は一日一万、社長は店に電話くらいしかしてこないという決まり事があった。
ポーカーなど小便刑で軽いので、名義を張る社長が出頭して終わり。
だから変に誰が責任者で店長でなど余計な情報は警察へ話さない。
そうすれば二十二日も掛からず従業員は数日で釈放という感じだった。
だが中谷は組織の全貌を可能な限り、すべて謳ってしまったようだ。
一緒に捕まった有路が責任者で、夜中に番頭の佐々木さんや片桐が店の状況を確認しに来る刑事へ報告し、自分だけとっとと釈放へ持っていったらしい。
残された有路は悲惨である。
調書が全然違うじゃねえかと刑事に責められ、組織が弁護士を入れるまでひたすら黙秘して頑張った。
「出てきて佐々木さんから十万はお疲れでもらったけど、喫茶店で話してたら、オマエと原は仲良さそうに焼肉屋から出てくるしよう」
「それについてはすみません。ただ有路さんが出てきたのを聞いてないし、本当に知らなかったんですよ」
有路の誤解を解き、ここの食事を奢る事で何とか機嫌を直してくれた。
浅草ビューホテル最上階スカイラウンジベルヴェデール時代の上司、林から連絡があった。
話を要約するとホテルの給料だけでは生活がキツく、何か仕事がないかの相談。
「それはホテルを辞めたいって事ですか? それともホテルを続けながらの兼業として?」
「もちろんホテルをやりながら副業って言うの? 岩上、裏稼業って言っていたから何か無いかなと」
確かに裏稼業だが、ゲーム屋で週一、二だけ働く訳にもいかないだろう。
それにこの店で働くにしても、あと一ヶ月しかない。
「少し時間下さい」
俺は電話を切り、従業員に何か金になるいい仕事はないか聞いてみた。
岡本があると言ってくる。
内容を聞くと、クレジットカードを使った詐欺だと言う。
「犠牲になる人いるからヤバいだろ?」
「いえ、それがクレジットカード会社は保険があるから、犠牲になった人は後々保証受けるので、誰も被害受けないんですよ」
よく分からなかったが、とりあえず林に伝えると実際に会って話を聞きたいと言う。
二人同時に店は休めないので、夜十時の出勤に間に合うよう七時くらいに浅草へ行く約束をした。
ワールドワンの従業員岡本と浅草ビューホテルへ向かう。
最上階ベルヴェデールから同じ階の会員制バーのセントクリスティーナへ移動となった林。
今日は小沢も休みで林一人だったので、こちらへ通される。
クレジットカードを読み取る小型の機械を見せながら仕事の内容を説明する岡本。
俺は分からないので横で酒を飲みながら、久しぶりの浅草の夜景を眺めていた。
どうやら林はやると決めたようで、岡本から機械を受け取る。
専門外なので俺は何も言わなかったが、帰り際「あまり無茶だけはしないで下さいね」とだけ伝えた。
調子のいい岡本の話である。
紹介しておいて一抹の不安を覚えた。
チャンプの有路から連絡が入り、逃げていた久保田が警察沙汰になってニュースで報道されたと聞かされた。
「ニュースですか?」
「ああ、アイツよ…。組の金盗んで地方のストリップ劇場に住み込みで働いていたらしいんだよ。ヤクザの情報網ってそういうの警察より上だからさ。すぐ見つかったんだよ」
前にあった久保田からの電話。
あれは捕まるちょっと前だった。
「ヤクザに自分で運転しろって、車を運転させられ高速で新宿まで戻る途中、このまま戻ったら殺されると思ったんだろうな…。アイツ、中央分離帯へ車をぶつけたんだよ」
「そんな事したら警察来て大騒ぎですよね?」
「もちろん。それで久保田は駆け付けた警官の拳銃奪って、発砲したんだよ」
「ヤクザにですか?」
「いや、警官へ向かって」
久保田ってそんなヤバい奴だったの……。
そりゃニュースにもなるわと思った。
「ただ警官の拳銃って一発目は空砲で殺傷能力無いんだよ。それで二発目を撃とうたして、警察に取り抑えられって感じみたい」
話を聞いていてゾッとした。
あの時少しでも金を貸して関わり合いになったら、俺も巻き込まれていた可能性があったのだ。
この一件以来、久保田の消息はどうなったのか不明である。
いつもの常連客が揃い、今日もワールドワンは忙しい。
以前働いていた石黒が『天龍』という仇名をつけた客が来る。

当時俺は奥でタバコを吸っていたことろ、石黒がわざわざ天龍が来たと言うので本当かよとホールへ見に行くと、プロレスラー天龍源一郎のようなパンチパーマが伸びただけのひょろい身体の別人だった。
ただワールドワンの天龍は毎回そこそこいい勝負をしていくのでいい客である。
店の設定はすべて俺がしていた。

全十四台の内、三台は最悪設定。
本日の殺し台は一卓、八卓、十三卓。
ほぼ満席で空いているのは十三卓しかない。
天龍は結構使ういい客なので、できれば殺し台には座らせたくなかった。
「山下さん…、この台昨日派手に出ていたので、あまりやらない方がいいと思うんですよ……」
本当は山下という名前だか、従業員同士で分かり易く天龍と呼んでいるだけ。
「だってここしか台空いてないんでしょ?」
「ええ…、そうなんですが…。その内他の台も空くと思うので、あまりダブルアップでバンバン叩かず、テイク入れながらゆっくり打っていた方がいいかと……」
本当は最低設定だから座るんじゃねえと言いたかったが、そうもいかない。
俺はこの台から遠ざけるよう苦しい言い訳をするしかなかった。
こういう日に限って中々台は空かない。
天龍はどんどん熱くなり、ダブルアップをバシバシ叩いている。
小声で西森に「天龍、いくらくらい入れた?」と聞くと六万は使ったようだ。
その時前の十二卓が空いたので掃除してキープし、天龍の元へ行く。
「山下さん…、前の卓空いたんでどうでしょうか?」
天龍はジロリと一瞥してから「もう六万入れてんだよ、この台に」と怒っている。
だから最初に注意したじゃねえかよ、このパンチが……。
そう言いたいのをグッと堪え、出金伝票を目の前に出した。
再び俺を見る天龍。
「山下さん、特サで五千入れるんで、前の卓でやってみて下さいよ」
この特サとは特別サービスの事で、結構金が入ったいい客に俺の権限で五千円単位のクレジットを入れる事を指す。
天龍は黙って立ち上がり、十二卓へ座る。
一応ハマった十三卓もキープはしておく。
ヒュンヒュンと音が鳴る。
タイミング良く移ったばかりの天龍がストレートフラッシュを出した。
金額にして一万五千円。
天龍は間髪入れずダブルアップで叩く。
ヒュンヒュン、バー……。
ストレートフラッシュの一気。
これで天龍は三万円の金を取り戻す。
ポーカーフェイスを気取る天龍。
だが嬉しかったのか口元はニヤけている。
十二卓が赤い画面で強制OUTしている間、天龍は再び突っ込んだ十三卓へ戻って打ち出す。
まあこれでメインは十二卓になるからいいかと俺は業務へ戻り、ホール全体を意識しながら働く。
結局ポーカーにのめり込んだ天龍は、俺らが交代の時間になっても打っている。
懲りずに魔の十三三卓を選んで打つので、これ以上何も言いようが無い。
早番には天龍が五万入る毎に特サを切っていいからと言って帰った。
夜になり出勤すると、天龍はあのまままだ店で打っていた。
「いくら入ったの?」
大倉に確認すると、現時点で二十三万負け。
少し入れ過ぎだが、俺は天龍の元へ行き、十二卓で特サを入れ勧めてみる。
黙って移動する天龍。
いきなりフォーカードが出てダブルアップした天龍は「もうその台はいい」とぶっきらぼうに言った。
言われた通り、十三卓を掃除して空けると、ケンチャンの細かい客が入ってきてそこへ座る。
「いいんですか、あんなガジリに十三座らせちゃって」
伊藤が小声で近付いてきた。
ケンチャン…、別名をガジリ、または乞食と業界用語で呼んでいる。
「自分でもういいと、台を空けたんだから仕方ないよ。いつまでも二台キープなんて無理だし。それにあの台設定最悪にしてるから……」
「おっ、ロイヤル!」
十三卓へ座ったばかりのケンチャン客は、いきなりロイヤルストレートフラッシュを引く。
即テイクボタンを押し、三万を確約する。
台を移ったばかりの天龍には可哀想だが、しょうがない。
「……」
金も尽きたのか天龍は無言のまま立ち上がる。
キャッシャーの前を過ぎる際、こちらを見てニヤリと口元を歪めながら店を出た。
薄気味悪かったので、廣木に後を付けるようお願いする。
天龍が出ていっても店内は忙しい。
ロイヤルを引いたケンチャンはオリ二千円だけやって帰ろうとしたので、出入禁止にした。
廣木が戻ってくる。
「天龍どうだった?」
「最初はうちのビル…、壁に住所のパネルあるじゃないですか」
「うん、小さいのが貼ってあるよね」
「それ見て何かメモしていたんで、ヤバいなとは思ったんです」
「それで?」
「そのまま付けたら、真っ直ぐ駅の方向へ行って、アルタ前の新宿駅東口の階段降りて行ったんで、戻ってきたんです」
「そう…、最初のビルの住所を見ていたのが気味悪いね」
廣木を一服させる。
最低設定の台で二十四時間打ち続ければ、そりゃあ二十数万負けるよな……。
何とも後味悪い結果になったが、これも賭博商売。
次来た時良く接してあげればいいか。
合間を見て、西森から食事休憩を回す。
彼が店を出てすぐ電話が入る。
俺はキャッシャーに置いてある受話器を取ろうとして固まった。
キャッシャー奥には小さなモニターが二つ設置され、一階の入口から地下への階段、そして扉の前の通路が映るようになっている。

そのモニターに盾を持った人間がズラリと階段に並んでいるのだ。
しかも入口のガラスの扉を外からソーッと伺う警官…、いや、これ…、機動隊か?
「い、岩上さん…、そ、外に盾持った連中が店を囲んでいます……」
「ああ、カメラで見えてるから分かる。西森、オマエはどこにいる?」
「食事で外に出ようとしたら、盾持った連中がこっち来たので、慌ててビルの階段上りました」
「分かった、西森はそこにそのままいろ。もし何か聞かれたら、上の風俗の店員だと誤魔化せ」
電話を切る。
店内はほぼ満席状態。
機動隊は突入するタイミングを見計らっているように見えた。
ここに機動隊が盾持ったまま突入されたら、大パニックになるぞ……。
俺は従業員たちに小声で客全員にゲームをやめさせるよう伝える。
そして合図をしたら、すぐ逃げられるよう準備させた。
俺から外へ出てみよう。
店内が静まるのを待ってから、ドアを開け外へ出た。
ガシャガシャ……。
一斉に機動隊全員の盾が俺に向く。
「何ですか、一体!」
俺が大声を出すと、機動隊はポカーンとこちらを見ている。
入口近くにいた隊員が「な、中で何もないんですか?」と聞いてきた。
「何もないとは?」
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