闇 624(自称俳優編)
闇 624(自称俳優編)

2026/07/30 thu
※俺は13年間のブランクのリハビリをしているだけなんじゃないかなとまで感じるようになった。そしてこのまま朽ち果てるのは悔しいから自身の人生を書き残している。
前回の章

二千二十三年十月二十日、金曜日仏滅。
先週の秋華賞に続き、今週はクラシック牡馬最終レース。
菊花賞はタスティエーラで決まり!

ソールオリエンスは、二着か三着が理想。
まだ予想の段階だけど、このレースはイージーに取れるような気がした。
二千二十三年十月二十一日、土曜日大安。
川越祭りから初の休み。
そういえば小説を書く為に、ノートパソコンを新しく買ったのに、これまで二回しか執筆していない。
昔のような感覚が戻らない今、ひたすらまた書かないと勘を戻せない気がした。
串市場んへパソコン持ち込み、二ヶ月ぶりに小説を執筆。
マスターに許可を取り、カウンター席の一番奥へ座り、パソコンを広げる。
串カツやつまみを注文し、酒を飲みながら小説を書き始めた。

定番のポテトサラダにオムライスも頼み、食べながら書いているが、どうも気分が乗らない。
これじゃ久しぶりに執筆する姿をマスターへ見せるだけのパフォーマンスだ。

もう俺には何の才能も無くなってしまったのか?
結局中途半端なままパソコンの電源を切り、普通に酒を飲んで帰り、休みが終わる。
二千二十三年十月二十二日、日曜日赤口。
出勤前、部屋を出るとまたセロハンテープで貼られている手書き光熱費請求書。
「……」
今のマンション住みだして、一年以上経ったけど、未だ納得いかない。
光熱費が高過ぎだろ、どう考えても……。
携帯電話で撮った画像を眺める。
先月は、三万七千七百二十円。

十月分も同じように撮影。
今月分三万二千二十円。

先月より五千円安いとか、そういう問題ではない。
まず水道代って毎月七千…、いや約八千円も取られるもんなのか?
二ヶ月に一度が基本のはずだし、一人暮らしで何故ここまで毎月取られる?
そろそろ仕事へ行かないと遅刻しちゃう。
受付の前を通ると大家がいて「岩バミさん、光熱費」と話し掛けてきたのを無視して素通りした。
こっちが黙っていれば、いつまでも図に乗ってんじゃねえよ、あの台湾人共……。
インカジ『レディ』へ出勤しても、苛立ちは中々治まらない。
そんな中、菊花賞がとりあえず当たっていた。
三連複千円だけ的中の五千七百円勝ち。

せめて一着と二着が逆だったら、三連単も取れていたのになあ。
この辺の運の無さも、俺らしい。
名義社長の倉敷が、明日は仕事を終わったらそのまま食事会を開催すると言う。
場所はゴジラホテル裏側の花道通りにできたという焼肉『肉の音』。
二十代の頃、まだコマ劇場があった時代であるが、馬場忍とあの辺りで朝までデートした回想が蘇る。
朝霞駐屯地前期教育隊の同期だった二ノ宮。
彼がボクサーになり後楽園ホールで試合をして応援に行った頃知り合った馬場忍。
当時は劇団に所属し、二ノ宮の彼女だった。
試合でメインイベントを任される回数も増えた二ノ宮は、当時妙に図に乗っていたのを覚えている。
俺に彼女を紹介した時も「俺はモテるんだから、おまえはもっと努力しろ」と亭主関白気取り。
「おい、二ノ宮。こんな大人しくていい子に、酷い事言ってんじゃねえって」
「いいんだよ、俺はモテるんだから」
八回戦レベルのボクサーが、正直何を思い上がっているんだと思った。
やがて二人は別れ、劇団を続けた忍からたまに劇を観に来ないかと誘われるようになる。
初対面で可愛い子だと思っていたので、一度彼女が脇役で登場する『エクソシスト』を観に行った。
やがて彼女から一緒に食事をしないかと誘いがあり、何度か付き合ったが、いくら別れたとはいえ、元二ノ宮の彼女というレッテルがあり、手を出す事はしなかった。
坊主さん夫婦といつものように二ノ宮の試合を応援に行った時、忍と再会。
帰り道が新宿まで一緒だった俺は、彼女をコマ劇場裏側にあったバーへ誘い酒を飲む。
話が盛り上がり、気付けば朝方まで意気投合して一緒に過ごす。
忍の目がトロンとなりだしたので、ホテルへ誘おうか迷う。
しかし当時変な義理堅さを出してしまい、東通りにあったゲーム屋兼喫茶店の『サン』で朝食を取り、新宿駅へ送って別れた。
数日後、坊主さんから二人はいい雰囲気だったから付き合えばいいのにと言われたが、照れ臭かったのと元二ノ宮の彼女というものがあり、そんな気が無いと伝える。
「智に何の気もない女が、朝方まで一緒に普通いないぞ」
あの時言われた言葉は、未だハッキリ覚えていた。
性格も大人しく優しい子だったのにな……。
まだ強引さよりも照れ隠しを優先してしまった当時の若かりし頃。
付き合ってもいなかったが、自然消滅のような形で連絡をお互い取らなくなってしまった。
五十二歳にして思うと、何故あんな可愛い子を俺は放っていたのだろうと少しだけ後悔したりする。
仕事帰り、再び串市場んへ寄り酒を飲む。
「あれ、今日は小説書かないんですか、岩上さん?」
「今日は仕事帰りなんですよ」
嘘はついていないが、おそらく俺は帰ってからも小説を書かないだろう。
昨日で何となく自覚してしまったのだ。
何となくまだ書くのは今ではないような気がすると……。
必然的に話題は、河本マンションの高額光熱費になってしまう。
マスターを始め、周りの客も一人暮らしで三万円を超えるのはあり得ないと口を揃えて言った。
やはり俺の常識的な判断は間違っていない。
大家の請求額通り、毎回払うのにうんざりしていたので、明日はちゃんと文句を言わないといけないようだ。
二千二十三年十月二十三日、月曜日先勝、霜降。
ドアを激しく叩く音で目覚める。
時刻を見るとまだ朝の九時半。
誰だよ、こんな朝っぱら……。
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