闇 15(ピアノが弾けたら編)
闇 15(ピアノが弾けたら編)
2024/08/08 thu
2025/07/12 sta
2025/08/19 tue
前回の章
自衛隊時代の同期である富田。
久しぶりの再会は楽しかったものの、彼の家族関係を杞憂する。
家族間の上下関係は分からない。
普通初対面の俺の前で、自分の旦那を枕であそこまで滅多打ちするか?
富田も富田である。
激昂する訳でもなく、ひたすら無抵抗で嵐が過ぎ去るのを待つ感じ。
あまりにも惨めに思い、あと時はキャバクラを奢ってやった。
仕事帰りの小江戸号で考えていると、携帯電話の着信が入る。
ちょうど考えていた富田から。
「おー、岩上。今度いつ休みなの?」
「今仕事帰りで今日は休みだよ」
「それなら今日会おうぜ、俺が川越行くからさ」
あれから一ヶ月ほど経つ。
給料でも入ったから、お返しにご馳走するつもりなのだろう。
夕方に会う約束をして俺は寝た。
同じ釜の飯を食い、共に泣き、共に笑ったあの頃。
十八歳の時に三ヶ月間。
たったそれだけの期間なのに、とても濃密な時を過ごしてきたんだ、俺たちは……。
目覚めるとちょうどいい頃合い。
俺はシャワーを浴びて着替えを済ませる。
駅に向かい富田と合流した。
「お腹は?」
「腹は減ってないからさ…、この間のキャバクラ行こうよ」
前回の派手な遊び方をして一発でハマったのか。
家族持ちの富田に、悪い遊びをを教えてしまったのかもしれない。
あいつが図に乗って店ではしゃぐなら、いいところで止めるなり俺も半分くらいは金を出すなりしなければ駄目だろう。
ミサキのいるキャバクラへ入る。
俺はいつものようにミサキを指名。
「この間で誰か気に入った子いたの?」
「あ、店員さん。あそこで暇そうに座ってる子、全部付けてよ」
早い時間なので待機席には暇を持て余したキャバ嬢が四名いる。
「それとさ、フルーツの盛り合わせも」
「かしこまりました」
スタッフが一礼して下がったのを見てから声を掛けた。
俺はミサキ指名、富田はあの四人指名にフルーツ。
さすがに序盤から飛ばし過ぎだろう。
老婆心ながら声を掛けてみた。
「おい、富田。オマエ金大丈夫なの?」
「え、何で?」
富田はキョトンとしている。
「こんな飲み方したら会計十万二十万簡単にいくぞ?」
「え……、だって岩上が持ってんでしょ?」
始めはコイツが何を言っているのか意味が分からなかった。
「おまえ、何を言ってんだ?」
「だから岩上ならそのぐらい持ってんでしょ?」
「……」
苦しい時代を共に経験し、乗り越えた絆。
何だってこんな程度の年月が、コイツをこんな屑に変えた?
「何立ってんだよ? 座って早く飲もうぜ」
「もう一度聞く…。富田、おまえ金は?」
「俺がねえのはおまえが知ってんだろ?」
「おまえは金も無いくせに、女をたくさんつけろ…、そしてフルーツを頼んだのか?」
「前もおまえがそうやったじゃねえかよ。おい、店員さん! 女まだかよ?」
その言葉に俺は持っていたグラスの酒を富田の顔へぶっ掛けた。
「うわ、何しやがる!」
「ふざんけんじゃねえよ! このクズ野郎」
ミサキのいる店で無銭飲食する訳にもいかず、俺はスタッフを呼び富田が金を持っていない事を説明した上で、まだ来ていないフルーツの盛り合わせはキャンセル、席に付いていない女たちもキャンセルし、その状態で会計を済ませる。
「何怒ってんだよ、岩上」
俺はテーブルを蹴飛ばして富田にぶつけた。
「ミサキ悪い…。今日はもう帰るわ……」
あれから十二年経ち、こんなクソ野郎になっていたとは……。
何とも言えない虚無感。
馬鹿につける薬は本当に無いんだなと悟る。
この一件を境に俺は富田との縁を切った。
悲し過ぎて泣きたい気分だった。
シャブに手を出し十日で三割のトザンの高利貸しに借りて、店をクビになった久保田。
チャンプの原が林と同じ、〇〇連合で部屋住みになったと教えてくれる。
正式な組員かどうかは分からない。
ただ小間使いの下っ端をしているようだ。
あの久保田もヤクザ者に……。
シャブは本当に人間を壊す。
絶対にやってはいけないものだ。
系列のプロの時の同僚である大川からは、頻繁に連絡があった。
元ホストで甘い顔立ちをした大川は、辞めて数年経つのに未だ連絡してくる。
ワールドワンでの日々が忙しく、彼が辞めてから一度も会う時間を作っていなかった。
何だかんだあれから五年くらい経つのか。
チャンプの久保田のように放っておいたら、あんな風になる場合だってある。
富田の件といい胸糞悪い事が起こり過ぎている。
妙に懐く大川とたまに会うのも、いい気晴らしになるかもしれない。
俺は次の休みを伝え、彼と久しぶりの再会の約束をした。
元ヤクザ者の番頭である佐々木さんは本当に変わっているけど、いい人だ。
俺が深夜食事休憩で歌舞伎町を歩いていると、海老通りの真ん中辺りで、一人の大男のシルエットが見えた。
周りには小さく動く動物が何匹も飛び跳ねている。
近付くと「ほれほれ」と野良猫たちに餌を与えている佐々木さんだった。
「何をやってんですか」
笑いながら声を掛ける。
「おお、岩上君。ほら見て。ワイだと頭撫でさせてくれる」
確かここ五年間一度も休みを取らず、働きっ放しという事を言っていた。
佐々木さんにとって唯一心が和む時間なのだろう。
ある日ワールドワンに猫の缶詰を三十缶以上袋に持って現れた佐々木さん。
「岩上君、悪いんだけどさ、ワイ法事で四国へ行かなきゃいけなくなったんだ。だからあそこにいる猫たちに、これいない間あげてくれる?」
俺も動物は嫌いじゃないので、喜んで引き受ける。
佐々木さんの指定した場所へ行き、缶詰を開けた。
寄ってくる野良猫たちの群れ。
近くに猫の頭があるので撫でようとすると、飛びのき「フーッ」と威嚇してくる。
そうだよな…、普通なら頭など絶対撫でさせてくれやしない。
家に帰った時、親父の妹である叔母さんのピーちゃんが居間にいたので、その話をしてみた。
中々野良猫たちに五年間、毎日餌を与え続けるなんて普通はできない。
「野良猫に餌だけ与えて無責任な人だね」
確かに正論かもしれないが、人には状況というものがある。
佐々木さんは少なくとも五年間毎日ずっと無償で猫たちに餌をあげ続けているのだ。
「何を言ってんだよ? 五年間だよ、五年間! そのおかげで餓死しないで済んだ猫たちがどれだけいるって」
「それなら引き取って自分で飼えばいいだろ」
「何十匹いると思ってんだよ? だから毎日缶詰三十個買って、決まった場所へ持って行っているんだよ。それを休みなく五年だぞ? 俺はそれが尊い行為だって話をしているんだよ」
「だから無責任ってだけだろ」
「もういいや…。あんたとは話にならない……」
どれだけ大変な事か伝えたが、おばさんはずっと否定していた。
昔からだけど、この人とは永久に分かり合える事は無いのだろうと感じる。
川越でパクられた風俗嬢のマドカ。
何度か連絡しても通じず、ある日解約したのか繋がる事すら無くなる。
これで何の接点も無くなってしまった。
無性に淋しい。
「ハー……」
キャバクラ『サンタナ』でミサキを指名しながら、マドカの件を話してみた。
サクセス、サンタナと系列店を最近日によって行き来しているミサキ。
俺はミサキのいるほうの店へ行くだけなので、大した問題ではなかった。
「ほら、私を口説かないから、そんな目に遭うのだよ」
「ふざけんな! 何で妹代わりに可愛がっている女を口説かにゃならないんだよ? 俺は凄い心が傷ついているの。それをおまえにこぼしているんじゃねえかよ」
「風俗なんてこっそりいっちゃって、いやらしー」
「うっせーっ! 俺はもう暴走するからな」
「あら、私を口説く気になったの?」
「違うよ、馬鹿! そうだな…、ミサキはこのまま指名するけど、この店の気になった女も同時に指名して口説く! だからおまえはさり気なく俺をフォローしろ」
「はいはい…。まったくしょうがないなー」
ミサキにはちゃんと伝え、許可を得た上で色々な女を適当に口説き、見境なく抱いた。

部屋に戻っては我に返り、やるせない気持ちになる。
あれほど望んだ格闘技への熱も冷めていた。
何の目的意識も無いまま新宿へ行き、金を稼いでは競馬と酒に使う日々。

親父の事を遊び人だとずっと否定していたが、今の俺も似たようなものだ。

このまま年を取り、何の成長も無いまま生きていくのだろうか。
色々考えてみたが、明確な答えは出ない。

俺はまた休みになると外で彷徨い、適度に女を口説く。
目的意識も無く、ただ毎日歌舞伎町へ行き日銭を稼ぐ俺。
チャンプの原から情報が入る。
◯◯連合の元チャンプの従業員の林。
彼はシャブとルイヴィトンの偽物を売って成り上がり、組内では一番の稼ぎ頭になっていた。
その林が覚醒剤所持で捕まったらしい。
それから生意気だった林の弟も、新宿から姿を消した。
因果報応とはよくいったものである。
少しして久保田は組の金を盗んで飛んだ。
そんな情報を聞く。
近かった存在が様々な事を起こしたところで、俺たちの日常は変わらない。
新宿へ働きに行き、毎日INとOUTの繰り返し。
もう絵を描いてプレゼントする相手もいない。
ヤクザ同士の情報網は警察以上だと聞いた。
今頃久保田はどこで何をしているのか?
彼の身を案ずるも、何一つできない自分が歯痒い。
まだ見た事も無いお袋の娘。
最近では気になる事も無くなった。
おそらく俺が妹として勝手に見立てたミサキの存在のおかげだろう。
同世代の同級生たちよりも、俺は裏稼業のゲーム屋で多くの金をもらっていた。
三十歳で月に五十万。
キチンと登記した会社では無いので、税金も取られる事もなく稼いだ金はすべて自分のもの。
給料のほとんどは競馬、そしてミサキのいるキャバクラで大半使っていた。
家の隣のトンカツひろむへ一緒に行った時、ミサキはいい加減競馬を辞めたらと言ってくる。
「だって今までかなり金をJRAに取られているんだぜ?」
「やり過ぎなのよ。土日になると、ほとんどのレースやっちゃうんでしょ?」
「よし、分かったよ。大きいレース以外やらない。GⅠはまだ先だしね」
「じゃあもし約束破って競馬やったら、私に乾燥機付き自動洗濯機を買う事」
俺にデメリットしかない無茶苦茶な条件を言うミサキ。
「ふざけんなよ! 何でおまえに自動洗濯機を買わなきゃいけないんだよ?」
「だってやらないんでしょ? それならいいじゃない」
ミサキに言われるとどうも弱い。
俺は渋々その条件を受けた。
競馬禁止の週末。
基本毎週日曜日が休みの俺は、普段なら予想をしている昼間の時間帯何をしていいか分からない。
ミサキとあんな約束なんてするんじゃなかった。
ゴリでも誘って飯でも食いに行くか。
携帯電話を手に取ると、タイミングよく着信が鳴る。
「岩上さーん、お久しぶりです。大川です」
「ああ、久しぶり」
プロの元従業員である大川。
俺のゲーム屋のルーツがこの系列ではチャンプからスタートして、エースからプロ、そして現在のワールドワンになる。
彼とはプロのオープニングメンバーで一緒。
辞めてからこのように定期的に連絡はあったが、一度も時間を作った事がなかった。
ミサキとの競馬禁止ルールがあり暇を持て余していた俺は、大川と会う約束をする。
約五年ぶりの再会。
久しぶりに会った彼は、重度のシャブ中になっていた。
「岩上さんにほんと良くしてもらったんで」
「俺は特に何もしてないでしょ」
「いやー、ほんと感謝してんですよ、色々。だから岩上さんにはいい物あげたいなって」
シャブ中のいい物なんて、シャブでしかない。
大川が出したものは案の定シャブだった。
「いらないよ、そんなの。俺は興味無いし」
「これセックスの時使うと最高ですよ」
「え、ほんと?」
少しだけ興味が沸く。
「大切な女には使えないですけど、適当な奴でやってみればいいじゃないですか」
そう言って大川は結構な量の入ったビニール袋を渡してきた。
適当な女……。
風俗嬢だと店の中で騒がれたら一巻の終わりだからな。
こういうのは繁華街じゃないほうがいいだろう。
川越へ戻ると川越駅西口の飲み屋街へ向かった。
今まで入った事のない場末のスナックへ入り、大して可愛くもない女が席に着くと、とりあえず口説いてみる。
「何て言うかね…。君よりも奇麗な女はたくさん見てきたけど、こう話していて心が安らげる女性って中々いないもんなんだ」
「何それ、超ウケるんだけど」
「そう、それなんだよ」
「え、何が?」
「その自然な笑顔を見ていると、心がとても安らぐと言うか……」
口から適当に歯の浮く台詞を羅列する。
「お兄さん、何人にその台詞言ってきたのよ?」
「綺麗だ、可愛いは百人以上に言ってきたけど、安らぐって伝えたのは君が初めてかな」
「もう……」
ん、結構簡単に落ちるかも。
「ねえ、店終わったらご飯食べに行かない?」
「凄い強引なんだから。今日会ったばかりでしょ」
「この心臓のときめきを無駄にできなくて。迷惑だったら潔く引くよ」
「ん-、迷惑じゃないけどさー……」
「じゃあ行こうよ。いいものも今日は持ってんだ」
「いいもの?」
こっそりシャブを見せながら誘うとドン引きされた。
「わ、私…、お手洗い行ってきます!」
トイレから出てきた彼女が、俺の席に着く事はなかった。
当たり前か……。
大人しく家に帰ろうとしたが、隣のトンカツひろむが営業しているので顔を出す。
「岡部さん、シャブ中になった元部下からこれもらったんですが……」
岡部さんはシャブを見るなり「智一郎、馬鹿野郎! オマエそれ、百グラムはあるぞ! そんなの見つかったらヤバいぞ」と怒鳴られ、慌てて部屋に置いて戻る。
「あの量だと相当な値段になるぞ」
「まあ使うつもりも無いし、アイツから連絡あったら返しますよ」
俺と岡部さんの会話などまったく気にならない感じで、カウンター席の奥に一人のいい女が飲んでいた。
気になりつつ飲んでいると、他の客もバタバタ入ってくる。
「智一郎、悪い。奥へ席詰めてもらえる」
自然な形で女の横へ座る。
「隣すみませんね」と声を掛けると、女はジッと俺の顔を見てきた。
「すっぽかされちゃった……」
「はい?」
「すっぽかされちゃったの……」
「えー! こんなお姉さんみたいないい女を? 馬鹿だな、その男は」
「一緒に飲んで」
棚からぼたもちとは、こういう事を指すのだろう。
俺は彼女を元気付けつつ酒を勧めた。
次第に呂律が回らなくなる女。
「大丈夫?」
「横になりたい」
この頃まだ飲酒運転はそこまでうるさい時代ではなかった。
家に連れて行く訳にもいかず、俺は車に乗せ、嫌がらなければホテルへと思い発進させる。
途中信号で停まると、女が俺の腕にもたれ掛かってきた。
顔を近付けると嫌がる素振りもないので優しくキスをする。
あ、この女でシャブ試せばよかったのに、さっき部屋に置いてきちゃった。
まあこのクラスの女を抱けるだけでも幸運だよな。
ホテルまで我慢できなくなり、車通りの少ない道へ行き、路肩に寄せて停めた。
服の中へ手を入れ弄っても小さな声を出しながらあがらわない。
頭の中は性欲で一杯になった。
車内よりホテルでゆっくり抱きたい。
俺は再び発進させ、信号に捕まりブレーキを踏む。
信号待ち間、女へ顔を近付けようとすると、凄い勢いで突き飛ばされた。
「え、どうしたの?」
「こ、来ないで!」
また近付こうとすると、女は必死に抵抗する。
さっきまでメロメロだったのに、何故?
何を話し掛けても小刻みに女は震えていた。
この豹変ぶりから十五分ほど時間が過ぎる。
「ねえ、急にどうしたの?」
優しく声を出しゆっくり顔を寄せると三度突き飛ばされた。
「おい、さっきからいきなり何なんだよ? 俺が何かした?」
そこで女はようやく俺の目を見る。
「まだ分からないの?」
「え?」
「さっきからあなたと同じ目をした髪の長い女の人が、ずっとあなたの後ろから私を睨んでいるの!」
その瞬間酔いが一気に醒めた。
背中に冷たいものが走る。
女が指定した場所まで送ると、部屋に戻りマスターベーションをして寝た。
大きなレースまで競馬をやらない。
もしこの約束を破ったら、ミサキに乾燥機付き自動洗濯機を買う。
土曜日の競馬新聞を見ている内にウズウズしてきた。
ひょっとしてこれ、馬連一点で簡単に取れるんじゃないの?
一点買いだから、最低十万は賭けたい。
今の手持ちは約十五万。
ミサキの欲しがる洗濯機は約十三万したよな。
普通の洗濯機…、乾燥機付きでなければ五万程度で買える。
アイツに交渉してみるか。
俺は状況を説明し、ミサキを説得してみた。
「あのね…、私は買ってもらうなら約束通り乾燥機付きのを買ってもらう。普通のとかそういう風に誤魔化すなら、私は何もいらない。だって私との約束なんてそんなもの程度って事なんでしょ?」
ミサキの言葉で我に返る。
確かに誤魔化そうとしているのは俺だよな……。
自分の卑しい考えを恥じる。
「ミサキ、ごめんよ…。やっぱり競馬我慢する。気を悪くさせてすまないな……」
「別に気なんて悪くしてないよ。それより今度休みいつ? 美味しいものご馳走してもらうから」
妹代わりのミサキ。
この子の存在に俺は随分と救われている。
しかし精神的に少し俺は彼女へ甘え過ぎた。
たまには違うキャバクラでも行くか。
川越の風俗嬢のマドカがいなくなり寂しい。
ミサキの存在に助けられてはいるが、それは妹代わりなだけで彼女とかとは違う。
フラリとたまたま入った店
「いらっしゃいませ、本日本当にいい子が入ったんですよ」
飲み屋の店員の常套句。
期待しないでソファへ座る。
「失礼します」
チラッと顔を見た瞬間、身体が硬直した。
「由美です…、よろしくお願いします」
え、何なのこの超タイプな子は……。
清楚な振る舞い。
これまでミサキ以外の飲み屋の女をどこかで少し見下して眺めていた。
由美を見て、そんなものがすべて吹っ飛ぶ。
年齢は二十歳で俺より十歳年下。
ミサキと同じ年だが、妹的存在とかそんなものどうでもいい。
ショートカットより少し伸びた茶色い髪の毛の先は癖なのか跳ねている。
左目の下に大きなホクロ。
「そんなジーッと見ないで下さい……」
「名前聞いていい?」
「由美です」
「いや、それは源氏名でしょ? 迷惑じゃなかったら本名を聞いておきたい。あ、俺は岩上智一郎」
「春美です…、品川春美と言います」
無我夢中で口説き出した。
本能が彼女を求めている。
これまでの人生すべて賭けてもいいくらいの覚悟で必死に話す。
「すみません、そろそろお時間となりますが……」
店のボーイが割り込んで来たので、財布から札を取り出し「延長に決まってるだろ」と放り投げた。
黙ったままの春美。
「ん、どうかしたの?」
「岩上さん…、お金を投げるは良くないです……」
「ご、ごめんね。気を付けます……」
彼女の言う事を素直に受け取り、心から詫びる俺。
春美の誕生日は明後日と聞いたので、迷惑じゃなければお祝いをしたいと伝えた。
俺の申し出を快く受けてくれた春美。
「どこか行きたいところは?」
「先程話していた岩上さんが以前働いていた浅草ビューホテル…。迷惑じゃなければそのラウンジへ行ってみたいです」
「もちろん! 喜んで!」
彼女の言葉が嬉しくすぐ了承してしまったが、考えてみれば浅草ビューホテルとは総支配人の丸山と揉めていた過去があるんだよな……。
いやいや、何年前の話をしているんだ?
あれは千九百年代後半の出来事だぞ?
もうあんなクソ支配人など定年しているはずさ。
仮に会ったとしても、金を払う客として来た立ち位置なのだ。
臆する事もなければ気にする事もない。
春美を連れて昔の職場でデート。
帰り道ウキウキしながら帰る。
彼女の誕生日をいきなり祝うというオマケ付き。
俺はビューホテルのベルヴェデールへ電話をして、出た先輩の林に状況を伝えると、快く予約を受けてくれる。
間に一日挟むが、その時間さえも待ち遠しくて溜まらなかった。
春美とのデートの前にもう一つ関門がある。
俺はワールドワンに出勤すると、山下の前へ行く。
「山ちゃんさ…、悪いんだけど明日の休み代わってくれない?」
「えー、無理すよー。俺、予定入れてますし……」
「頼むよ! 明日ね、俺の一番大切な女の子の誕生日でさー。どうしても祝ってあげたいの!」
「無理すよ、無理すよー」
中々譲らない山下。
「俺さ、オマエが困った時金だっていつも貸してるだろ? 飯行ったって酒飲む時だっていつも奢ってるだろ? な? 川越に金借りに来た時だって、おまえの望み通りキャバクラも奢ったよな? 頼むよ!」
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