闇 524(コロナ禍の新宿と川越編)
闇 524(コロナ禍の新宿と川越編)

2026/04/13 mon
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十一年七月一日、木曜日友引。
七月になっても俺の生活は変わらない。
いや、このコロナ禍の影響で、世の中も停滞したままだ。
近くの大明飯店へ行き、茄子と豚肉の炒め定食を食べる。

食事を終えると部屋へ戻る。
仕事になれば仕事へ行くだけの単調な日々が続く。
二千二十一年七月二日、金曜日先負、半夏生。
昔の写真が見つかった。
前回実家へ服を取りに帰った時、親父が渡してきた写真を今になってみたというほうが正解か。
バックに入れたままだったので、今まで忘れていたのだ。
俺が生まれた頃の写真だった。
まだお袋がいて、兄妹も生まれていなかった千九百七十二年六月十一日。
靖国神社参拝で九段山王祭へ両親と行った時のものらしい。

まだ一歳にもなっていない赤子の俺。

幸せそうな親父とお袋の表情。
そして抱っこをされたまま意味も分からずあどけない表情をした自分。
この時は誰もが家庭の崩壊など、予想もしていなかっただろう。
職場のレディでこの写真を店長に斉木に見せてみる。
「岩上さんの面影、赤ちゃんの時からあるじゃないですか。靖国神社参拝のなんですね。お父さん超イケメンじゃないですか。お母さんは元気でやってんですか?」
「お袋は俺が小二の時に家を出て行き、結局分かり合えないまま、数年前に亡くなっていますよ」
「……。すみません、失礼な事を聞いてしまって」
「いえいえ、全然傷つくとかそういうんじゃなくて、うちって特殊だったんですよ。気にしないで下さい」
よくニュースで目にする靖国神社参拝問題。
一体何が問題で、ああまで騒ぐのか分からなかった。
いい機会だ。
ちょっと調べてみるか。
簡単にまとめると、A級戦犯が合祀された靖国神社に、日本の首相や閣僚が参拝する事に対し、中国や韓国が『軍国主義の美化』と反発している事らしい。
合祀って何だ?
自分や家族の遺骨を他の家族の遺骨と一緒に、一つの大きな墓にまとめて埋葬するお墓の形式のようだ。
国内でも憲法二十条の『政教分離』や『平和主義』の観点から議論が続く外交と憲法上の問題?
追悼、不戦の誓いという肯定意見と、アジア外交を損なうという否定意見で対立。
個人的な意見を言うと、神風特攻隊で祖国の為にと若い命を散っていった先人たち、そういった狂信に満ちた精神と犠牲が積み重なった上で、今の日本があると思っている。
口先で偉そうな事をほざいているのではない。
己の身一つで命を国の為に捨てられるものなのか?
言うとやるは全然違う。
百の言葉よりも、身を持って示した行動。
この精神を失い、口先だけの奴が増えたから、日本はおかしくなっていった。
今の日本人でお国の為にと命を儚く散らせる人間が、どれだけいる?
別に神風特攻隊を推奨する訳ではない。
あれはキチガイの愚策だ。
それでもその命令で散った人間がどれほどいたか。
そうした先人たちの供養を総理大臣がして、何が悪い?
この程度の事で反対するような奴は、日本人を今から辞めたほうがいい。
そして中国や韓国にしてもそう。
簡単に言えば、大きなお世話。
侵略戦争を反省していないと抗議しているそうだが、自分の事を棚に上げるなという事である。
おまえらだって三国志時代や天安門事件に対し、日本がいちいち文句を言うかという話。
韓国と北朝鮮が別れた時だって、日本はちゃんと外交をしてきているじゃないか。
無理くりヤクザのように揚げ足取って、イチャモンつけてくるんじゃねえって。
本当にアジアってレベル低いんだなと感じる。
これが正しいかどうかは置いておき、現状の自分なりの見解はこのようなものだった。
政治家も無茶苦茶な論理の中国や韓国との外交よりも、他の国でそれを補填できるような動きをすべきじゃないのだろうか?
足りない脳みそで難しい事を考えると、頭がパンクしそうになる。
俺のような凡人は、大明飯店へ行き酢豚定食を食べながら、美味しいと幸せを実感していればいいのかもしれないな。

俺が憤りを覚え、何を言ったところで何一つ現実など変わらないのだから。
この単調な生活の繰り返しが、ちょっとした事で毒づきたくなっているだけかもしれない。
結局のところ、こんな事を思う俺自身が、口先だけの人間じゃないか。
中途半端な奴は、自論など唱えちゃいけない。
恥の上塗りなだけだ。
二千二十一年七月六日、火曜日先勝。
仕事を終え、昼過ぎまでゆっくり眠る。
無性に腹が減っていた。
大明飯店へ行き、今日は思う存分食べようと決意する。

酒を飲みながらまず餃子をつまみに、料理を注文した。

野菜炒め定食と、あとはどうするか。

半チャーハンとラーメンのセットもいってしまおう。
おばあさんは「お兄さん、そんな食べられるのかい?」と驚いている。

二人前以上の量を残さず胃袋へ詰め込む。
まだまだ俺、結構食えるもんだね。
全日本プロレスでレスラーになるだと六十五キロの体重を最終的に百三・五キロまで増やしたのだ。
五十歳手前といえ、まだまだ俺は健康優良児である。
二千二十一年七月九日、金曜日仏滅。
数名の客しかいない状態のインカジ『レディ』。
呼ばれるまで基本的に待機をしているだけなので、携帯電話でインターネットをボーっと眺めていた。
コロナ禍による暗いニュースを見る度、また怒りが湧いてくる。
それならオリンピックなんて、本当に辞めなよ。
まずこれを真っ先に思ってしまう。
休業要請に応じない飲食店には、政府が金融機関から働きかける事を依頼なんて愚策。
人々の生活はどうするんだ?
こんな事しかできないんじゃ、政治家いらないよね。
フェイスブックの過去の思い出で、栄治さんの娘とツーショットの写真が出てくる。
これは二千八年七月九日の写真だから、あれから十三年も経ってしまったのか。

随分月日が流れたなあ。
あかりちゃんも今何歳になったんだ?
高校生ぐらいかな?
今度川越行った時、栄治さんの店に顔を出してみよう。
スタッフの湯浅にその画像を見せると「岩上さん、若いっすねー」と笑っている。
この頃は岩上整体を辞め、総合格闘技の試合に出たあとの説明をしながら、話題は歌舞伎町の話になっていく。
昔の歌舞伎町の話をしながら、古い時代の写真を検索してみた。
説明によると、千九百九十一年の新宿の風景らしい。
えーと…、平成三年じゃ、俺がまだ自衛隊にいた頃だから十九歳。

こちらは、千九百八十年代から千九百九十年代初頭の東京、新宿歌舞伎町の風景のようだ。
俺がまだ小学生から高校生ぐらいのバブル絶頂期の頃か?

「まだ僕が生まれていない頃じゃないですか」
そう…、二十九歳の湯浅からすれば、生前の新宿の街の風景なのだ。
二十年前は平成生まれと聞き、驚いていたあの頃。
それが今や一人前の大人同士の会話として、こうして違和感なく笑顔で会話をしている現実。
できる事なら、この時代に戻って人生をやり直したいものだ。
まあ、いつもこんな風に考えが行き着く時点で、俺は駄目人間なのだろう。
明日から連休だ。
たまには川越へ帰り、後輩の栄二の店でも顔を出そうかな……。
二千二十一年七月十日、土曜日赤口。
連休初日。
夕方ぐらいまでアスクルームでダラダラ過ごし、川越へ向かう。
後輩の居酒屋『栄じ』の店にて、茄子の素揚げから。

「智ちゃん、コーンの天ぷらあるよ。食べる?」
「うん、食べる」

「岩上君、マグロはどうするんだい?」
「親父さん…、俺はここに親父さんの握るマグロを食べに来ているんですよ」
「あいよ! 今握って来るからね」
マグロの赤身をひたすらマグる。

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