闇 483(池袋のちか編)
闇 483(池袋のちか編)

2026/02/15 sun
前回の章
二千二十年二月一日、土曜日友引。
フェブラリーステークス前哨戦でもある根岸ステークス。
当初はコパノキッキングを軸でと思って買ったけど、調教見ていて、1番の テーオージーニアスがかなり良さそうだ。
そんな訳で1番からマルチで流し、配当は五千から一万馬券を選んで買ってみる。
京都のメイン、シルクロードステークスは荒れるだろうな。
今日は店長の休みが休みなので、川崎も山下も比較的伸び伸びとリラックスをしながら業務をこなしている。
二千二十年二月二日、日曜日先負。
日が明け深夜になると、店内は清原とルル、そしてカマッテチャン南に高山。
先ほど小坊主松島が帰り、いい感じの暇になる。
「岩上さん、これなら休憩回しながらゆっくりしましょうよ」
まあ二人ホールとキャッシャーを兼ねてやれば、店は充分に回るか。
俺は川崎から三十分の休憩を入れ、三人で交代交代回す事にした。
山下が終わり自分の番が来たので、セブンスターに火をつけながら先月の競馬重賞結果をまとめ、フェイスブックへ投稿してみる。
【当たり】
・AJCC
・京成杯
【外れ】
・中山金杯
・京都金杯
・シンザン記念
・フェアリーステークス
・愛知杯
・日経新春杯
・東海ステークス
九戦二勝
北海道奥尻島に住むれっこが『中山競馬場のみで』と笑いながらコメントしてくる。
確かに中山開催のレースしか当てていないのも事実。
思えば彼女とも随分付き合いが古くなったものだ。
俺が岩上整体時代からだから、二千七年にミクシィで知り合い現在に至る。
実際に会った事はないものの、処女作新宿クレッシェンドが文学賞を取るより前から応援してきてくれたのだ。
そんな彼女も今では四人の子宝に恵まれ幸せそうに暮らしている。
最後の二人は同時に双子を産んだというのがれっこらしい。
携帯電話を操作しながら画面を眺めていると、清原が帰り際「店長、金貸してよ」と言ってくる。
ラッキーハウスの店長は橋本であり、俺は二番手に過ぎない。
それでも面倒な客の応対はほとんど俺がしていたので、同じ賭博系で働く清原の目には俺が店長に見えたのだろう。
「いやいや、清原さん。この手の仕事で金の貸し借りはご法度だって知ってるじゃないですか。それに俺は店長じゃないですから。今日は休みだけど、普段いるメガネ掛けている橋本が店長ですよ」
「えー、岩上さん、そんな冷たい事言わないでよ! 七万負けだけど、十二万勝っているところからの負けだから、あの台に十九万もストレートで入っているんだよ。それに今、店内ビンゴはリーチだしさ。ね、三万だけでも貸してよ」
俺より三つ年上の本チャンカジノ店員の清原。
彼の人柄は別段嫌いではない。
しかし金を貸すという行為が、マイナスにしかならない事もこれまでの経験で理解している。
最もたる失敗は、個人でいえば横浜時代の坂本だ。
昼休みになり車内へ置いておいた携帯電話を見ると、また昨日と同じ電話番号の着信が入っていた。
玉井が弁当を食べている間、俺は外へ出て電話を掛けてみる。
「レオパレス21です」
レオパレス?
俺が住んでいるマンションの会社じゃないか。
自分の名前、そして住所を伝えると電話口の職員の声のトーンが変わる。
「岩上さん! あなたねー…、何で家賃を滞納しているんですか!」
「はあ? ちゃんと口座へ入っているでしょ? 引き落としができていないだけなんじゃないですか?」
坂本は二ヶ月分振り込んだと口頭で言っていた。
あのマンションの口座だけは別の銀行にしている。
滞納になるはずがなかった。
いくらそれを説明してもレオパレスの対応は酷いままで、明日会社まで顔を出せの一点張り。
仕事があると伝えても、まるで聞き耳持たず。
一旦保留にして弁当を食べている玉井に聞いてみた。
「玉井さん…、明日不動産からトラブルあったみたいで、仕事休んでも大丈夫ですか?」
「別にいいっすよ。岩上さんいてもいなくても変わらないし」
このクソガキが……。
拳をギュッと握り締めるが、グッと我慢をする。
「では明日仕事休みにしたんで、どこへ行けばいいんですか?」
俺はメモ用紙へ住所を控え、明日の昼頃向かう約束をした。
何故あんな剣幕で俺が不動産から文句を言われなきゃならないんだ?
坂本の奴、本当に家賃振り込んだのかよ?
電話を掛けてみる。
昼間なので何回コールしても坂本は出なかった。
早番の仕事終わって寝ている頃か……。
夜にでも電話してみよう。
時刻は夜十時半、坂本へ再び電話を掛ける。
二十回コールを鳴らしても出ない。
店が忙しいのか?
もう少し経ってから連絡してみるか。
ベランダに出てタバコを吸っていると、着信音が聞こえた。
坂本か…、タバコを途中で揉み消して部屋へ戻る。
画面を見ると〇〇〇〇組若頭の三田からだった。
「お久しぶりです、岩上さん。元気でやってまっか」
「え、ええ…、お久しぶりです」
「岩上さんね、坂本の奴の居場所分かりまへんか?」
「坂本の? 分かりますけど、どうしたんですか?」
「あのガキ、ワイの店で店打ちして飛んだんですわ」
「……」
目の前が真っ暗になった。
俺の紹介でハッピーに入れた坂本が店打ち……。
二ヶ月分家賃を振り込んだと言っていたが、それすら嘘……。
だからレオパレスが二ヶ月も滞納していると文句を言って呼び出しを食らったのだ。
キャッシュカードが手元に無い今、通帳の残高を確認しようがない。
おそらくあの馬鹿、絶対に振り込んでいないから引き落としされなかったのだろう。
「岩上さん、奴の住所とか分かりまへんか?」
「俺はあいつに三十四万貸していると言ったじゃないですか。その時免許証のコピー取ってあります。三田さんのLINEに電話切ったらその画像送っておきますね」
「おおきに。ほんまあのガキ、洒落になりまへんわ」
電話を切り、坂本の免許証の画像を探す。

これを三田へ送れば、あいつは一巻の終わり。
さすがに送る場面になり、ちょっとした躊躇いが出る。
携帯電話が鳴り、高橋俊から電話が掛かってきた。
「あれ、俊さん。どうしました?」
「岩上さん…、参りましたよ……」
「え、何がです?」
「坂本の奴、自分から五十万借りた状態で飛ばれましたよ……」
「え! 俺もあの馬鹿に三十四万貸したままだったんですよ」
「うわー…、最初にそれを知っておけばよかったあ……」
彼と戸田の旭総建工業の話になる。
話が違うと言いたかったが、世話になった俊の前で昔からの知り合いだという戸田の悪口を言う訳にもいかなかった。
俺から三十四。
高橋俊から五十。
三田のハッピーで店打ちいくらやったのか知らないが、最低でも数百万単位のポイントを溶かしたのだろう。
悠長に構えハッピーからの連絡があると高を括って働かなかった俺も悪いが、あの馬鹿に金など貸さなければこうはなっていなかった。
忙しく人手が足りないと言っていたはずなのに、俺を店へ戻そうとしなかった坂本。
当たり前だ。
俺が現場にいたら、とても店打ちなどできやしないのだから。
雅辺りと組んで俺を戻そうとしない動きをしていたに違いない。
ハッピーを辞めた時、葵が言っていた坂本の裏切りは本当の事だったのだ。
窮地を救った俺を裏切りやがって……。
そして前からの知人である高橋俊まで……。
あんな屑がどうなろうか構わない。
坂本はもう死ね。
三田へLINEで坂本の免許証画像を送る。
ヤクザから勝手に追い込みを掛けられればいい。
これは裏切りではない。
ただの報復だ……。
罪悪感の欠片も覚えなかった。
あの忌々しい過去の記憶。
それだけではない。
結果家賃滞納とされた俺は、レオパレスから強制退去を言い渡されたのだ。
しかしそんな俺を待っていたのはさらなる地獄だった。
あの地獄めぐりという何相応しい二千十六年。
今から四年前になるのか……。
旭総建工業社長の戸田。
社長と言っても中で働く事務員は、青野の奥さんだけしか聞いた事がない。
職人も今のところ十九歳の玉井だけ。
当初俺へゆくゆくは埼玉支部を任せたいなんて言っていたが、組織としての全貌がまるで見えない。
ただの零細企業なのか、もしくは俺が知らないだけで二俣川エリアでは有数な塗装業なのか……。
一つ信頼できる点は、高橋俊が昔からの知り合いである事。
それに大手旭化成がバックにあるという点である。
このマンションを二ヶ月滞納し強制退去という現状。
だから地元川越の忌々しい実家へ戻って、一から仕切り直ししかないと考えた俺。
事情を話し辞めると言っているのに、辞めさせてくれない戸田。
何を話しても仕事が嫌になったのかの一点張り。
それでいてどうするかは自分の頭で考えろと言う。
結構無茶苦茶な事を言う性格。
おそらく彼は、俺から助けて欲しいと泣きつくよう仕向けている……。
自分から救いの手を差し伸べるのではなく、あくまでもお願いされて動くという形を取りたいのだろう。
大まかな一つの流れが決まる。
俺は戸田を頼る形で旭総建工業へ残る選択肢をした事。
九月一杯まで休みをもらい、一旦川越で失ったものの手続きをする事。
睦町のレオパレスのマンションはすぐ出るのは不可能なので、戸田が二俣川周辺で住むところを探し契約するまでここから仕事は通う事。
「それで岩上さん、今月の間にですね…。せっかく地元の川越へ戻るんですから、住民票も抜いてこちらへお願いしたいんですよ」
俺が新宿にいても横浜にいても住民票を川越へ置いたままの理由。
それは地元の先輩であり現県会議員の中野英幸が再び出馬した時、俺の一票をあげたいからというもの。
わざわざ出馬する際、俺を呼びだし報告までして筋を通してくれた英幸さん。
その理由を戸田へ伝える。
「岩上さん…、本腰入れて仕事をやるんですよね? 何を眠たい事を言っているんですか」と一蹴された。
眠たくも何でもない。
義理人情の話をしたつもりだが、戸田にその手は通じないようだ。
しかしこれからの雇い主であり、物件を探してもらう恩もある。
「でも戸田さん、川越で住民票抜いても、まだ二俣川の住み家が決まっていないんですよね?」
「だから決まったらこっちで住民票を入れればいいだけでしょ」
「じゃあ川越戻った時に市役所で、住民票を移す準備だけしておけばいいと言う訳ですね?」
「子供じゃないんだから、いちいち聞かないでそんなの自分で考えて下さい」
「……」
選択を間違えたか……。
どうもこの戸田の卑怯な言い回し方が好きになれなかった。
何をやらせるにしても、すべて俺の口から言わせる性格。
最終的な責任を自分では取りたくないからであろう判断。
辞めると言うのに辞めさせず、じゃあどうしたらいいか聞くと自分で考えろ。
住民票も向こうの住所が決まる前から抜けと言うくせに、そのあとの事を聞くと自分で考えろ。
「あと口座番号も教えておいて下さい。九月は五日分出ていますので」
「分かりました」
近くにどんな店があるか、自転車を使って探索してみる。
驚いたのが駅前でも急な坂道があるという点。
平行な道のほうが少ないんじゃないのかと思うほどだ。
こんな坂道だらけの場所へ移り住み、本当にこれからやって行けるのだろうか?
途中でキャッシュディスペンサーへ寄り、キャッシュカードを試してみた。
「え?」
思わず出る声。
戸田の奴…、給料振り込むって言いながら、一万五千円しか振り込んでいないぞ?
九月は五回出たから単純に五万だろ?
俺は戸田へ電話を掛けた。
「アパートの家賃が三万五千円です。それは引かせてもらいました」
「あ、そうですか……」
何だよ、コイツ……。
人が金無いの分かっていて、こういう事をするのかよ。
「何か不満でも?」
人が文句を言えないのを承知で話す戸田。
引っ越し初日から二俣川へ残った選択をした事を後悔する。
しかしもう動き出してしまったのだ。
今は怒ってもしょうがない。
「いーえ、詳細を知りたかっただけです」
ぶっきらぼうに言い返すのが、俺の精一杯の抵抗。
我ながら本当に情けない姿である。
「あと引っ越しも無事終わったんで、明日の十四日の金曜、仕事休んで不動産の最終の立ち合いをしてもいいですか?」
「何でわざわざ休みを取るんですか?」
「実は地元で土曜日曜と大きな祭りがあり、みんな帰って来いとうるさいんですよ。なので金曜日に不動産の終えてから、そのまま川越へ帰ろうかなと」
「そんなのこっちには関係ないですよね? 金曜はちゃんと仕事に出て下さい。不動産のほうも土曜の休み使ってやればいいじゃないですか」
冷めた口調の戸田の台詞。
コイツ、全然融通が利かないのかよ……。
電話を切っても耳にこびり付いていた。
管理会社レオパレスが手配した業者の元で立ち合いが始まる。
「借主は現状の回復義務が発生します。まず、清掃代が二万五千円…、クロス…、壁紙ですね。これの張り替えが十五万……」
「ちょっと待って下さいよ! 何ですか、その張替え費十五万って?」
「レオパレスの規定で決まっています。カーペット交換費が七万円で……」
「……」
何て悪徳業者なんだ、レオパレスは……。
「あとは事務手数料や鍵の交換費用などで二万前後になりますね」
「前後って何ですか、前後って!」
苛立ちながら口を開く。
「正確には一万四千円になりますね」
まるで他人事のように簡単に金額をどんどん上乗せしてくる業者。
「あのさー…、俺ここに住んだの一年だよ、一年?」
「レオパレスの規定で決まっている事なんで……」
退去精算書を書き出す業者。
「こちらへサインをお願いします」
合計金額しめて二十五万九千円。
「……」
そう…、俺は坂本が娘の給食費すら払えないと言ったから親切心で金を貸したのが、金を返してもらえないどころか、借金まで背負わされより酷い地獄へ沈んでいったのである。
そして精神的に疲労困憊した俺は、戸田の旭総建工業により仕事が不安定な状況のまま持ち金千円ちょいになり、保土ヶ谷バイパスの陸橋を飛び越えて自殺しそうになる寸前まで行ったのだ。
「ね、店長、貸して下さいよー。どっちにしてもこのままじゃ、帰る足代すらないんですから」
清原の声で過去の呪縛から現実へ戻る。
帰りの金が無いほど熱くなり賭け事をしたのは彼自身だ。
これがゲーム屋でなく、競馬やパチンコで同じ事をして懇願したからといって、胴元が金を返すはずがない。
自業自得で片付けられて終わる。
「岩上さん、清原さんがこれだけ言ってんだから、一万ぐらい貸してやればいいじゃないすか」
山下が口を挟んできた。
こんな時に余計な事を抜かしやがって……。
「じゃあおまえが貸してやれよ」
「自分余裕無いすから」
俺は頭に血が上り、山下の尻を蹴飛ばしていた。
「いってー……」
大袈裟な山下の声で、川崎やルルたちが近寄ってくる。
しきりに俺から尻を蹴られたと説明する山下。
周りから手を出すのは良くないと注意された。
つい感情的になって蹴った俺はもちろん悪い。
しかし自分が貸す気もないくせに、人の金なら簡単に口にするこの馬鹿がゆるせなかっただけ。
仕方なく俺は自分の財布を取り出し、一万円札を清原へ渡す。
「これで帰れるでしょ? 清原さん」
「じゃあこれを十二卓にINしてもらえます?」
「……。清原さん…、そういう事するんじゃ、返して下さい。俺は夜中に帰れないという清原さんの為にタクシー代として貸したんです」
「わ、分かったよ! 大人しく帰るよ」
嫌な空気の店内。
それでもラッキーハウスが動いている。
客は残り高山一人だけになった時「ねえ、赤崎君」と手招きをしてきた。
「何でしょう?」
「赤崎君って昔プロレスをやってたって本当?」
「え、誰から聞いたんですか?」
「早番にいる吉岡君から」
何だよ、面倒だから誰にも話していないのに。
よりによって何で高山なんかにそんな事を言うのだ?
吉岡もどこで知ったのか知らないが、結構お喋りな奴だな。
俺より三つも年上のくせに。
まあ調べればすぐに分かってしまう事だ。
仕方なく口を開く。
「ええ…、随分遥か昔の話です」
「どこの団体? インディー?」
「いえ、ジャイアント馬場社長時代の全日本です」
「嘘! マジ?」
ダラダラと根掘り葉掘り聞いてくる高山。
卑しい性格のこの男はどうも好きになれない。
喜びを共有させたいように一生懸命話し掛けてくるが、俺はコイツの本性を知っている。
適当に返事をしていたが、彼の言葉で全身の細胞が一気に騒めき出す。
「赤崎君はプロレス時代に受け身をし過ぎて、ちょっと頭がいっちゃってるって本当なの?」
「……。誰がそんな事抜かしたんです?」
必然的に声のトーンが落ちる。
俺は確かにプロレス業界では大成しなかった。
だが裏稼業で働いている人間に、嘲笑されるような生き方などしていない。
「やだな、赤崎君。顔付きも目つきもそれは仕事中にマズいぞ。吉岡君から聞いたんだよ」
「……」
あのクソ野郎……。
透析を患っているというハンデ。
俺より先に入っているという時系列での先輩。
だから早番のオカマの木下が、図に乗って吉岡を理不尽に責めている時に俺は彼を庇ったのだ。
それも俺の座右の銘である仁義礼智信、厳勇に従い自然と動いた行動である。
別に恩に着せるつもりなど毛頭ない。
だが、恩義を忘れ、人の過去を面白おかしく高山のような面倒臭い客へ伝えるって、どういう了見だ?
人をパンチ度ランカー扱いしやがって……。
嫌な表現だが、亀を助けた浦島太郎になったような気分がした。
いや、竜宮城が無い分、俺のほうが悲惨な話である。
そもそも俺の過去をこの店で昔から知っているのは、ワールドワン時代から一緒の山下だけ。
あの馬鹿が吉岡に何かのタイミングで話し、だからこそその経歴を知ったはずだ。
俺はこの日、山下と一切口を利かずに仕事を終了し、西武新宿駅へ向かった。
ジャンボ鶴田師匠、三沢光晴さん…、俺のせいでプロレスを汚してしまいました。
本当に力不足ですみません。
でも、令和二年になった今、プロレスの地位はここまで落ちてしまったのも現実なんです。
言い訳なんてするなよ、みっともない。
俺の生き様がだらしないからこそ、起きた現実なんだ。
それをプロレスのせいにすんな。
「……」
何で俺みたいのが本当に生き残ってしまったんだろうな……。
新宿から帰り道、途中下車して新所沢駅へ降りる。
このまま川越に帰るのが嫌だった。
休みに突入したのに何かしら気分展開にしたかったのだ。
しかし宛ても無く、土地勘のない俺が新所沢駅周辺を彷徨い歩いたところで興味が湧くものといえば、パチンコぐらいしかない。
まったく何を迷走しているんだかなと自己嫌悪しつつ店へ入る。
しかしお目当てのシンフォギアは三台しかなく、初めてもまるで全然回らない。
結局一万千円負けて嫌気が差し、パチンコを辞めた。
通り沿いの店のランチに入る。
店へ通る途中に、看板にラザニアと書いてあるのを見逃さなかったのだ。
入ると、客層すべて女性客のみ。
ひょっとして入る店間違えたと入口でまごまごしていると「カウンター席へどうぞ」と促される。
メニュー見てもラザニアは無い。
聞くと昨日までのメニューだそうで、俺は騙されたわけだ。
それなら入口の看板にラザニアなんてチョークで書いてんじゃねえよ。
仕方なしにスペアリブのトマトソース煮込みを注文。
何か場違いな奴がいるなあといった感じの視線が背中へグサグサ刺さるのを自覚しつつ、俺は静かにサラダ、スープへ手を付ける。
むう…、スープ中々美味いぞ。
スペアリブを平らげると、デザートのプリンが出てきた。
甘いものは、あまり食べないんだけどなあ。
すると隣の女性客が一心不乱にスプーンを小刻みにガチャガチャと音を立てながら、プリンに貪りついていた。
ちょっとだけ食べてみるか。
プリンは今流行の固めなプリン。
料理の写真を撮ろうと思ったが、この場違い野郎何してやがると周りから思われるのも嫌なので、今回写真撮影はやめておく事にした。
さあ川越へ帰ろう。
ヤスのカガヤカフェに寄り、コーヒーを飲みながら踏んだり蹴ったりの愚痴をこぼす。
競馬の結果を見ると外れ。
「うわー、ヤス! 根岸ステークス、思い切り縦目じゃん…。シルクロードステークスは1番から3番人気軸で、十万前後の三連単来ると予想しときながら外したよ」
「智さん、それは惜しかったですねー」
「まだ京都最終レースが残っている! これで取り戻す」
「あんま熱くならないで下さい、智さん」
「うるせー! どうせあと一レースしかできねえよ。ちょっとヤスのお袋さんのところ会いに行ってくる」
一旦外に出て、表の加賀屋へ入る。
おばさんは俺の顔を見ると笑顔で近付いてきた。
今日一日の酷い流れを話していると、また恒例の説教が始まる。
「だからあんたは無駄遣いし過ぎるんだよ。ちゃんとおばさんいつも貯金しなさいって何度も昔から言ってるでしょ!」
「だからさっきのレースで取り戻そうと……」
「だからそれが駄目と言ってんの」
項垂れたままカガヤカフェに戻り、携帯電話を除く。
「ギャー!」
「え、智さんどうしたんですか?」
「クビ差で負けた……」
「………」
「チクショウ! 中山最終レース、ちょっとだけやるぞ!」
「いや、智さん。この流れだとあまり熱くならない方が……」
俺は足掻らう。
冗談じゃない。
この負け犬のまま終わって堪るかよ。
「とほほ……」
「どうだったんです?」
「負けた。負けまくった……。全レース外した………」
「……」
今日は競馬外れたし、同級生の飯野君でも誘って飲みにいくか……。
彼に連絡をするとちょうどボーリングから帰ってくるところらしい。
本川越駅のきらくで待ち合わせ、お好み焼きや焼きそば食べる。
お互いの近況を話しながらもどこか上の空の俺。
「けいこさん、最近どうしているんですかねー……」
けいこのキーワードで一気に細胞が活性化する。
俺は彼女とあった一件は伏せつつ、強飲を辞めてから変なバーで働いた事。
そのあとクラブのような飲み屋で働き出した事実だけを伝えた。
「それにしても岩ヤンの職場の従業員の人、さすがにそれはないですよね」
「あー、透析の吉岡の野郎でしょ? 本当に飼い犬に手を噛まれた気分だよ。そもそも透析って何なの? 俺、知らずに大変なんだ程度の知識しかないんだけど」
「透析とは僕もよく知りませんが、腎臓が低下した腎不全患者に対して、機械や腹膜を使って血液中の老廃物や余分な水分を入れ替えるものみたいですよ」
「重病なの?」
「うーん、命に関わる大きな病気ですけど、一日置きに治療を受けていれば、長く元気には生きられるみたいですね」
だから吉岡の奴、ラッキーハウスを一日置きの出勤で週三回しか出られないのか。
身体にハンデを抱えたのは大変だ。
だが、俺の全日本プロレスを汚した事は許せない。
「飯野君、場所そろそろ変えようか? ゆり、チェックしてー」
きらくで提示された額は一万二千円。
何となく感じていたが、明らかにこの店っていつも俺の想定より高いよな……。
食べ物はお好み焼きと焼きそばのみ。
俺と飯野君の二人で五杯しか飲んでいない。
メニューに一杯数百円と提示したものしか頼んでいないのに、何故十個も頼んでいないものの会計が毎回一万円を超えるのだろう?
まあこんな店を選んで来てしまった俺がいけないのだ。
何も言わずに請求額を払い、外へ出た。
「何かさ、あそこいつも一万円超えるんだよね」
「ちょっと僕も会計見て、えって思いましたもん」
前にリバティの小沢の下で働く将太という子と、バッタリきらくで会った際、礼儀正しく挨拶をしてきたので全部ご馳走した事はあった。
年下の後輩の前で格好をつける行為。
これで会計額が跳ね上がるのは分かる。
いくらだって払おう。
しかし今日は場合、明らかにおかしい。
腐るほど飲食店へ行き散々金を使ってきた俺が思うのだ。
あきらかにおかしいと。
実際に注文した額と、請求のズレが違い過ぎる時。
それを人はボッタクリと言う。
まああの店のオーナーの直美は顔見知り。
変な噂を地元の川越で流す訳にもいかない。
「最近いいバーを見つけたんだ。最初からそっちに飯野君を案内すればよかったよ」
「岩ヤンお勧めのバーってだけで、いい店なの分かります」
リバティへ向かうも、お腹は一杯なので、オニオンリングとチーズ盛り合わせを注文し、酒を飲む。

「グレンリベットは分かりますけど、その青いカクテルは何てお酒ですか?」
「これはスカイダイビングといって、ラムベースのカクテルなんだ。ブルーキュラソーにライムで作ったもの」
「さすが元バーテンダーだけありますね」
「いやいや、もうほとんど好きなカクテル以外覚えちゃいないよ」

「本当はさ、腹一杯じゃなければ、この店の料理美味しいから食べさせたかったんだよ」
「さすがに夜の時間帯は胃袋を僕は抑えますからね」
チーズの盛り合わせとオニオンフライをつまみながら、次はどうするか話し掛ける。

「飯野君、次はどこ行く?」
「まあこの辺りならやっぱり篠ヤンのところじゃないですかね」
リバティを出ると、また来た道を戻り同級生篠崎のいる大漁丸へ向かう。
横断歩道を渡り元岩上整体跡地の前を通る。
「岩ヤンがあの当時ここで整体していたのが懐かしいですよ」
「ほんと拡張工事で立退料もらえるならさ、それまで意地でも続ければよかったよ。総合格闘技の試合なんて出ないでさ」
「あの時はあの時で、岩ヤン頑張ったんですから。そうあまり自分を卑下しないで」

大漁丸ではウイスキーのロックに青りんごサワー。
さすがにつまみは入らなかった。
閉店間際まで飲むと、篠崎が声を掛けてくる。
「岩ヤン、飯野君。俺、片付け終わったら一緒に飲めるから、向かいのゆりちゃんのきらくでも行くかい?」
「……」
さすがに先ほど気分を害した店へ、一日で二度も行く気にはなれない。
だが、目と鼻の先の店同士で悪く言うのも気が引ける。
「篠ヤンごめんね。俺たちさ、かなりお腹一杯なんだよ。だからまた今度にしよう」
「そっかー、じゃあまたね」
こんな感じで絶不調の休みを終えた。
二千二十年二月三日、月曜日仏滅、節分。
昨日は酷く気分の悪い散財をしてしまったものだ。
暇を持て余し、携帯電話ゲームの『トゥーンブラスト』というパズルゲームを始めた。

あまりにも当たらない競馬。
それならば無料のゲームでもしているほうがマシだ。
九州のひろみからメッセージが届く。
本当にゲームの憩いの邪魔するなよ、あの女……。
本当にしつこい奴だ。
来なくてもいい女は寄ってくるが、いい女は昔から俺の元へ来ない。
来たとしても金目当ての飲み屋系の女ぐらい。
無視して集中し、一日で百四十面までクリアできた。
本当に金にもどうでもならないこんな事ばかり、俺は得意だよな。
放り投げて横になる。
一体俺は何故こうして無様に生きているんだろう……。
もう小説も書かなくなってしまった。
年齢の増加と共にリングの上で戦う事もできない。
ピアノを弾けたスキルさえ無くなってしまったのだ。
漫画『ジョジョの奇妙な冒険』で、サーフィスというパーマンに出てくるコピーロボットを使うスタンド使いがいる。
別名『うわっ面』。
今の俺は正に上っ面のようなもの。
金も無い。
女もいない。
ただ稼いだ金を悪戯にギャンブルへ注ぎ込んで時間を消耗するだけの屑。
それでも時間だけは平等に過ぎていく。
だから今日も俺は時間になれば新宿歌舞伎町へ行かなくてはならない。
酷く憂鬱な気分だった。
ヤスのカガヤカフェに行き、気分転換にコーヒーを飲んでいると着信が入る。
店長の橋本から。
「赤崎さん、今日仕事休みになりました」
「え、別にいいですよ。ちゃんと行きますって」
「そうじゃなくて、上から情報入って、ラッキーハウス自体が急遽休みになったんですよ」
「え、休み?」
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