闇 464(過去の亡霊たち編)
闇 464(過去の亡霊たち編)

2026/01/30 fry
前回の章
二千十九年八月十日、土曜日仏滅。
今日出れば明日は休み。
いつものように時間になると、西武新宿線本川越駅から出る特急小江戸号に乗って新宿まで向かう。
座席のテーブルを出すと、まだ媚びたかのようにカナヘイが復活していた。
まるで興味のないものだが、こんなものを写真に撮りひろみへ送るだけで喜んでくる。

案の定彼女は嬉しそうな返信をすぐしてきた。
二千十九年八月十一日、日曜日大安、山の日。
「岩上さーん、ちょっとだけ寄って行きましょうよ」
山ゴネスが俺の背後を歩きながら声を掛けてくる。
お互い西武新宿駅へ向かう方向も仕事終わりも一緒なので、どうしてもこのような図式になってしまう。
「いや、真っ直ぐ帰る」
「えー、ちょっとぐらいいいじゃないすかー。岩上さん、今日休みですよね」
「……」
仕方なく海老通りにある蕎麦屋へ入る。
前回同様ちょい飲みセットで豚しゃぶをつまみに酒を飲む。
業務中の山下の仕事ぶりに注意したい部分があったので、軽く注意を始めた。

「おまえもさ、経験者だし仕事内容は問題ないんだけど、もっと優先順位を考えてやれよ」
「え、俺ちゃんと仕事やってんじゃないすか」
「真面目にやっているのは分かっているよ。でもさ、キャッシャーで客の収支計算とか始めると、それだけになるだろうが。別にそれが仕事の主軸じゃないんだしさ、もっと俯瞰して店内の状況も見ろって」
「でもコジマックスとか収支収支って、うるさいじゃないすか」
「それはあくまでも手が空いた余波でやるものであり、しつこく言われても少々お待ち下さいで、待たせてキャッシャー業務をやらないと、あとで取り返しつかないミスになるから言ってんだよ。マックスなんてただ何となく聞きたいだけなんだから、忙しい時は放っておけばいいんだよ」
「でもしつこいじゃないすかー」
仕事ができない訳ではないが、山下の悪い癖で一つの事に集中しだすとそれしかできなくなるのは明確な欠点である。
「しつこいのは分かるけど、プリントとかどこでプレミアをつけたとか、そっちをちゃんとやらないと、あとで〆が合わなくなるから言ってんの。物事には優先順位があるだろ。そこを弁えろよ。あとで香川から抜いているのかなんて、疑惑掛けられたくないだろ?」
「まあそうすけどね」
結局仕事の手順を理解させるのに、小江戸号で帰らず同じ急行電車に乗りながら話を続けた。
鷺ノ宮駅を通り過ぎた辺りでようやく理解してくれた山下。
小平駅に到着すると「岩上さん、ちょっとだけ降りて寄って行きましょうよ」と促してくる。
「嫌だよ。この駅周辺ってボロいパチンコ屋と、詐欺みたいなうな重を出す居酒屋ぐらいしかねえじゃないかよ」
「じゃあモス行きましょうよ、モス」
しょうがなく俺も小平で降り、モスバーガーへ向かう。

「次はどこ行きますか?」
「行かねえよ! 真っ直ぐ帰る」
「えー、じゃあパチンコ行きましょうよ」
「嫌だ、もう帰る」
しつこい山下の誘い。
もう充分に付き合ったし、これ以上は奢りたくない。
この日は大人しく川越に帰り、ゴロゴロして過ごした。
二千十九年八月十二日、月曜日赤口、振替休日。
加賀屋のおばさんから連絡があり、以前予約したミラノコレクションが届いたようだ。
俺は大正浪漫通りへ向かう。
向かいの鰻屋『小川菊』は、平日なのにいつものように凄い行列ができている。

加賀屋へ入り化粧品を受け取った。
これでひろみもきっと喜ぶだろう。

早速家の近くの郵便局へ向かう。

しかしこのミラノコレクションだけ送るのも物足りなさを感じ、引き返す。
彼女にはこれを買った事すら教えていない。
まだ誕生日でもないので一旦部屋に持ち帰った。
ひろみのお陰かギャンブル率がかなり減った俺。
あれほど狂っていた競馬やパチンコをしなくなったのは、とてもいい事だ。
ピザ屋ロッコへ行き、レモンサワーを飲みながら食事も注文する。

一人で過ごすちょっとした優雅なひと時。

パスタを食べ終わると、仕事前まで部屋でゆっくりした。

本川越駅に着くと、大衆に媚びた小江戸号の車両にカナヘイの大きなシールが貼ってあるので写真を撮りひろみへ送る。
また変わらないいつもの日常がこれから始まるのか。
二千十九年八月十三日、火曜日先勝。
出勤前にまだ時間的に余裕があったので、ドンキホーテへ寄ってみた。
携帯用ゲームのバブルボブルがあるのを見つける。
俺が中学生の頃ピープルランドで呉服屋の笠間と一緒に当時熱中したゲーム。
懐かしさを覚え、つい手に取った。
値札ついていなかったので、どうせ千円か二千円程度だろうとレジへ行くと、四千百九十円……。

こんなゲーム一つでこの値段?
しかも電池すらついてない。
ふざけんな、タイトー!
でも他にディグダグやマッピー、エレベーターアクション、ギャラガ、ギャラクシアンとかあった。
全部買うと三万くらいしてしまうのか。
コレクションとして欲しいが、昔懐かしのゲームなどパソコンのエミュレーターですべてできるのだ。
買ったところでどうせすぐ飽きるのも自覚していた。
案の定ラッキーハウスへバブルボブルを持って出勤し、食事休憩の合間にプレイしてみたが、すぐ飽きる。
ミラノコレクションと一緒にこれもひろみへ送ればいいか……。
二千十九年八月十四日、水曜日友引。
特にこれといったトラブルもないまま仕事を終え駅へ向かう。
駅前にある新八食堂で、たまには焼き魚でも食べるかと入ってみる。

メニューで一番人気と記載してあるサーモンハラス干し定食を注文し、七百六十円を払う。

生だとマグロの赤身しか食べられない俺が、焼くとこうして食べられるのは自分でも不思議だ。
川越に到着すると、大雨が降り出した。
傘を差さないと洒落にならない降りである。
しばらく止みそうもないので傘を買おうとしたが、それならタクシーで帰っても変わらないかと乗って帰る事にした。

仕事行く頃には止んでいるといいな。
そんな事を思いながら眠る。
起きると雨は止んでいたので、少し早く家を出て本川越駅近くにある『餃子の満州』へ向かう。

ここのしょうが焼き定食はかなり気に入っている。
そういえば以前川崎にここのしょうが焼き定食を今度持っていくと言いつつ結構な時間が経ってしまった。
俺は持ち帰り用と自分の食べる分を頼む。
餃子も追加で注文し、食べ終わるといつのように新宿歌舞伎町へ向かう。
二千十九年八月十六日、金曜日仏滅。
仕事帰りクレアモール沿いのいつものゲームセンターへフラッと寄る。
UFOキャッチャーでMARVALのポーチだかバックなのかよく訳の分からない景品をゲット。

俺には必要のないものなので、ひろみ用にまとめてあげればいいか。
二千十九年八月十七日、土曜日大安。
今日出れば明日は休み。
いつものように出勤すると、早番の内藤ノブが地元秋田へ帰郷して帰ってきたようで、わざわざ俺にきりたんぽのお土産をくれた。

きりたんぽが大好きな俺。
以前ノブへそれを言っていたのを気遣ってくれたのかと嬉しかった。
久しぶりにちゃんこ鍋でも作るかな。
秋田といえば、俺がまだ二十歳そこそこの全日本プロレスを再度目指していた頃を思い出す。
その頃アルバイトした土木工事の社長が本当に世話好きで、よく家に招かれてきりたんぽ鍋をご馳走になった。
社長のお母さんが作ってくれたきりたんぽは格別に旨かった記憶が未だある。
仕事を終えると自宅へ招き、泊まらせるのが好きだった社長。
休みの日に釣り堀へ連れてかれ、こちらが三人対社長一人で勝負したら、圧倒的な差で大負けした事がある。
あとになって知ったのが、この社長、釣り専門誌の表紙の載るぐらい釣りの世界では有名な人だったようだ。
あれから二十数年経つ。
元気でやってるのかな?
一服休憩でフェイスブックの過去の思い出を見ていると、ちょうど今日が三年前の悪夢の日でもあった。
二千十六年八月十七日、水曜日先負。
朝方になり目を覚ます。
まだ身体のあちこちが痛い。
昨日買ったパンでも食べるか。
身体を動かすだけで、節々に痛みが走る。
相当派手に転んだよな。
ズボンも過ぎ捨てたままで寝てしまったようだ。
ハンガーに掛けようとして、妙にズボンが軽い事に気付く。
あれ?
お尻のポケットに入れといた長財布が無い……。
慌てて部屋の中を家探しする。
「無い! どこよ?」
錯乱しながら探すも一向に見つからない。
昨日自転車で転んだ時じゃないのか?
俺はマンションを飛び出し、転んだ周辺まで駆け足で向かう。
「……」
どこを見ても、俺の財布はなかった。
人通りの多い通勤時間帯。
これじゃ財布落ちていたら絶対に拾うよな……。
免許とかあるから普通なら交番へ届けそうだが、中身は二十万の金が……。
絶対にネコババするよな……。
目の前が真っ暗になる。
何て馬鹿な真似をしてしまったのだ。
わざわざおろす必要もなかった十万まで入れて、全部で二十万円ちょっと入った財布。
免許証も保険証もクレジットカードもキャッシュカードも、大事なものはすべて入っている。
しかも横浜で、二度目じゃねえかよ……。
過去の馬鹿げた愚行ぶり。
大きく煙を吐く。
あの財布を落とした件は、完全に俺自身の落ち度。
未だにあの頃を思うと何とも言えない後悔があった。
少なくともあの時点でこうして川越へ戻りまた新宿に来ていれば、戸田の旭総建工業の地獄だけは回避できたはずなのになあ……。
まあ三年前に落とした金が、今になって出てくるはずもない。
俺はセブンスターを揉み消すと、INキーを持ちホームへ向かった。
二千十九年八月十八日、日曜日赤口。
トンカツひろむがあった頃よく飲みに行った夢を見た。
「……」
目覚めると現状ではもう無いという事実に気付き、何とも言えない淋しい気持ちになる。
せっかくの休みだし、当時のひろむの雰囲気がある後輩の栄二の店へ行くか。

タクシーに乗って栄じに向かう。

唯一の難点は店との距離。
ひろむなら家の隣りだったのに、栄じにはタクシーじゃなければ行けない。
「あ、智ちゃんいらっしゃい」
「岩上君どうもね」
田中栄二親子が笑顔で出迎えてくれる。
「今日さ、智ちゃんの好きなものたくさんあるよ」
「よし、栄二。片っ端から作ってくんな」

刺身に使えるという鰺をそのまま揚げたアジフライ。

キュウリのぬか漬け。
これを見ると岩上整体時代、森昇のお袋さんが持ってきてくれた糠床を毎日のように掻き回していたのを思い出す。
俺の漬けたキュウリをよく患者で来てくれた渡辺信さんが喜んで持っていってくれたよなあ……。
岩上整体以後、まるで連絡を取らなくなってしまったが、本当に当時の俺を支え元気付けてくれた人。
また機会あるなら会いたいものである。
「岩上君、お寿司は握るかい?」
「ええ、もちろんです。俺は親父さんのマグロを食いにここへ来ているんですから」
「あいよ、任しとき」

今日は一人なのでマグロの握りを十貫。
「智ちゃん、茄子もあるよ」
「愚問だな。さっさと素揚げしちょうだいよ」

茄子の素揚げに生姜醤油で食す幸せ。
おそらくこれが俺の料理の原点といっても過言ではない。
こうして楽しい宴を迎えながら、いい休日を過ごした。
二千十九年八月十九日、月曜日先勝。
昨夜は少々飲み過ぎた。
気怠い身体を起こすとまだ朝方。
そんなに寝ていなかったのか。
俺は眠い目を擦りつつ、大正浪漫通りへ向かい加賀屋のおばさんと談笑。
帰りに通り沿いにある喫茶店シマノコーヒー大正館へ入る。
お決まりのヤキサンドのランチを注文。

たまにはコーヒーゼリーでも食べるか。

正方形に切ったコーヒーゼリーの上にはみかんとチェリー、そしてホイップクリームの乗ったお洒落なデザートが出てくる。
豪華ではあるが、本来スーパーに売っている三連の安いコーヒーゼリーのほうが好きだった。
しかし三つは多過ぎて、気付くといつも一つは賞味期限切れで無駄にするケースが多い。
一度部屋に帰り、そろそろひろみへプレゼントを送ろうと荷物をまとめだす。

UFOキャッチャーで取ったこれまでの景品、ミラノコレクション、バブルボブルなどを段ボールへ敷き詰めていく。
せっかくだからくらづくり本舗のお菓子も入れておこうかな。

『ちょっと早いけど誕生日おめでとう! 岩上智一郎』
商品券二万円分を入れた封筒にマジックで書き、郵便局から郵送した。
あとでメッセージだけ送っておけばいい。
きっとひろみの奴、中身を見たら驚くだろう。
夜になり、またいつもの一週間が始まる。
俺は本川越駅ペペの中に入ると、弁当屋『おはな』で従業員の人数分を買う。

仕事して飲んで食べて寝るだけの平凡な日々。
いささか退屈な日常であるものの、横浜の地獄めぐりのような日々に比べれば全然マシだ。
こうした地味な時間を生き、年だけ取っていく人生。
今の俺には何も無い。
だがまだこのままでいいような気がした。
二千十九年八月二十日、火曜日友引。
昨日偶然仕事帰り発見した家の近所の定食屋さん『だんらん処 花むすび』。
実家の目の前の三井病院の裏路地へ入って行った場所にある店。

たまたま入り、頼んで食べた彩り野菜カレー気に入ったので、また来てしまう。

横浜時代に食べた野菜がいっぱい入ったカレーを思い出す。
あのふんだんな野菜で埋め尽くされたカレー。

ついでに厚切りベーコンも注文する。

近所でこのような定食があるのは有難い。
今度ゆっくり飲みに来てもいい店だ。
二千十九年八月二十二日、木曜日仏滅。
仕事を終え、蠅のように纏わりつく山下を振り払う為、リカーショップ『信濃屋』へ入る。
まだバーテンダーとして拘っていた二十代の頃。
歌舞伎町へ来た当初、この店を初めて見た時の感動が蘇ってきた。

愛しのウイスキー、グレンリベットを眺めながら写真を撮った。
西武新宿駅へ着くと、小江戸号の切符を購入し帰る。

ひろみとアイノー皇帝内のチャットでやり取りしながら川越に到着。
彼女はとりかく新宿や川越のどうでもいい写真を欲しがる。
何でこんなものを見たがるのか不思議だが、九州の人間から見れば都内での生活風景に対し関心や憧れがあるのだろう。
先日送ったプレゼントに感動したひとみ。
俺への好意がよりアップしているのだけは感じた。

改札を出ると、目の前の駅ビルぺぺのシャッターが降りている。

どうしたのだろうと近付くと、ただの休館日だったようだ。

腹も減ったので、駅近くにあるガストへ入った。
こんなところの風景でさえ、ひろみは見たがる。

ガストのモーニングは本当に安い。
六百円台でハンバーグのボリュームモーニングセットにドリンクバーもついてくる。

少し遅い朝食を取りながら、今ではもう無くなってしまったレストラン『すかいらーく』を思い出す。
ちょっと高級な『イエスタデー』もとっくの昔に閉店。
昭和や平成初期を懐かしく感じた。
当初は激安レストランという触れ込みで始まったガストも、今では徐々に値上がりしつつある。
『バーミヤン』も二十歳の頃初めてあちこちにでき始め、麻婆豆腐が三百九十九円という値段設定を見た時は、本当に驚いたものだ。
こうして時代の流れに沿って、徐々に値段は上がっていくのは必然か。
ひろみは家に帰るまでにある同級生の店で、どんな業種があるのか見たいとねだってくる。
面倒だが彼女が望むなら仕方ない。
俺は中央通りの細道の路地へ入り、クレアモールへ向かう。
小学時代同級生だった小沢の団子屋。

焼き団子が今じゃ一本七十円になったのか。
確か小学三年生の頃は三十円だった。

クレアモールに入って少し歩くと吉田進こととっざんの家だった吉田布団店が、結構前から甘味処『あかりや』になっている。
誰から聞いたか忘れたが、とっざんではなくその兄貴が経営をしているらしい。
甘いものをそう好まない俺は、一度も入った事がない。

俺が初期歌舞伎町時代…、二十代後半の頃はファミリーマートだった場所も、百円ローソンになっている。
高校生の頃は聞いた事もないようなコンビニエンスストアだった。
そのまま少し先には二十四時間スーパーのマルエツ。
こんな他愛ない日常の写真を撮るなど生まれて初めてだ。
まだ写真をねだるひろみへ俺は電話を掛けた。

「こんな写真なんか本当に見て楽しいのかよ?」
「凄い楽しいよ」
「こんな店とか見て何が楽しいんだか……」
「ねえ、智ちんの家もマルエツから近いんでしょ? 写真見たい」

川越日高線に出ると右手に見える我が家を撮影。
俺にとってはいつもと変わらないただの風景。
夜になると出勤前に『餃子の王将』へ入り、餃子とホルモン味噌炒めを注文する。

こんな写真でさえ欲しがるひろみ。

浅草ビューホテル時代、鶯谷駅を出て階段を降りた下にあった王将を思い出す。
あの頃の餃子定食はもっとサラダや唐揚げなど色々ついて値段も安かった。
現在裏稼業のゲーム屋で日当一万八千円をもらう俺は、他の同世代と比べると稼ぎはいいほうになるみたいだ。
それでも月給二十万前後で暮らす人にとって、物価の上昇は生活をしていく上でただの地獄でしかない。
俺が小学生の頃は、もっと世の中に対し希望を持てていたはずなのに、この国は今後どうなっていくのだろう?
そんな自身の老後も、想像したくない。
何の保証もなく、税金も納めない生活。
一体俺は、この先どうやって生きていくのだろうな……。

暗い気分のままクレアモールを歩く。
左手に見えてくるゲームセンター。
まだ出勤時間まで余裕のある俺は、現実逃避で中へ入る。

UFOキャッチャーのすみっコぐらしのミニピアノ。

なりきりうんちくんバスタオルという帽子にもなる変なもの。
前回渡したひろみはあれだけ喜んでいたのだ。
この辺の目に付いたものも、今度取りに来ようか。
俺は麦チョコの箱を取ってから駅へ向かう。

相変わらず媚びたカナヘイ小江戸号。
ひろみが喜ぶだろうと写真を撮る。

指定席へ座ると、窓の下の壁にまで小さなカナヘイシールが貼られていた。
二千十九年八月二十三日、金曜日大安、処暑。
無事仕事を終え、川越へ帰る。
今日はぺぺにできたサイゼリヤに寄ってみよう。

思い出すのがこの店の存在を知ったのが、十六号にあるサイゼリヤが最初だった。
当時付き合っていた百合子の連れ子の里帆と早紀。
まだ小学生と中学生だったあの子たちが、この店をとても好んでいたあの頃。
二千六年だから、もう十三年経つ。
里帆など三十歳手前になってしまうのか。

自身の犯した過去の愚直な因果を呪いつつ、俺はサイゼリヤへ入った。

ハンバーグランチとミラノ風ドリアとエスカルゴを頼んでも、二千円でお釣りが来るリーズナブルな価格。
当時二人の子供を抱えていた百合子がよく連れて行く訳だ。
これだけ頼んですべてを胃袋に入れてから後悔する。
ライスもあるのにドリアまではさすがに苦しい。
店を出ると四階に行き文房具屋へ寄ってみた。

すみっコぐらしのものがあったので、適当に買ってみる。
もちろんすべてひろみの子供たちへあげるようの物として。
二度これまでに送り、あれほど喜んでいたのだ。
俺は結婚して生活を築いている彼女に対し、何を一体求めているのだろう。
一階に降りると右手には卵料理レストランの『ラケル』が見える。

ハンバーグもあるので嫌いな店ではない。
しかし俺が三十歳の頃、弟だった貴彦…、そして今や岩上家の性を名乗り結婚した麻美の二人が付き合っていた頃、連れて来た店でもある。
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