闇 510(ウサギ小屋編)
闇 510(ウサギ小屋編)

2026/03/29 sun
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十年十一月二十三日、月曜日赤口、勤労感謝の日。
昼ごはんはいつもの寿楽。
今回は台湾風焼きそばのセットを頼んでみる。

どの辺が台湾風なのか不明だが、半炒飯に餃子二個ついて千円なのだから、本当にいい感じの店だ。
部屋で大人しくシンフォギアをやっていたが、今日の高知競馬最終レースを当てれば、この暮らしも続けられると山っ気が出てくる。
まだファイナルレースが間に合う時間なので、一万だけ運試し。
距離が千四百メートルだったので、先行気味の馬二頭から全頭三連複総流し買い。
何とか当たり、昨日の負け分は回収できた。
もう少し組み合わせが逆で高配当なら良かったが、そう贅沢もいっていられない。
さすが一発逆転ファイナルレースという名前だけはある。
三連単で取れてれば二十一万馬券だったのけど、そもそも三連単まで勝負にいけなかった自分が悪いだけ。
風呂にゆっくり浸かり、仕事へ向かう準備を進める。
さて、レディへ出勤するか。
二千二十年十一月二十四日、火曜日先勝。
仕事明けすぐ眠り、起きるとお昼。
ここ最近の自分の生活パターン。
昼飯はどうしても距離の近さで喫茶店『ラ・ムー』へ行ってしまう。
「今日はハンバーグありますよ」
何故俺の顔を見ただけでハンバーグなのか不明だが、とりあえずそれを注文。

お腹が減っていたのでカレーライスも追加で頼む。

部屋でシンフォギアをつけっ放しのまま、クラッシュロワイヤルをして時間を潰す。
夕食はいつもとパターンを変えようと大久保通りを探索。
大久保駅と新大久保駅の間くらいにあるステーキ屋『くいしんぼ』を見つけ、入ってみる事にした。
牛豚取りのミックスグリルを注文。

このセットで千三百円は安い。
時間まで部屋で寛いで仕事。
このパターンも、明日で最後になってしまうのか……。
二千二十年十一月二十五日、水曜日友引。
何の問題もなく平和にレディの仕事を終わらせ、宿へ帰る。
ラッキーホステルで最後の睡眠を取った。
起きてから自分のフェイスブックの投稿を眺めていると、インターネットだけ繋がりがある花田哲也からのコメントがあるのを見つける。
この辺りだと、南口の飲み屋通り沿いにある牛すじカレーがお勧めだという情報。
ひょっとして彼も、この辺に住んでいるのだろうか?
花田と面識は一度もないが、二千十六の九月に一度メッセ―ジャーから連絡が来た事があった。
『こんばんは。いきなりのメッセージ申し訳ありません。この度、アマゾンで岩上さんの新宿クレッシェンドを購入し、読ませて頂きました。最後の結末に向かって目を涙で滲ませながら、作品に引き込まれ、まさに一気読みでした… 本当に感動した素晴らしい作品です! 他にも執筆された作品が有りましたら読ませて頂きますので、ぜひ教えて下さい。 花田哲也』

突然もらった当時のメッセージ。
インターネットだけの繋がりの中、まさかこんな形で新宿クレッシェンドの感想をもらえるなんて、思いもよらなかった俺は、嬉しさのあまりチキンと返信をした。
『ありがとうございます。他に作品はあるのですが、出版社と冷戦状態でデータ渡していないので、新宿クレッシェンドのみなんですよ。出版契約解除して、今他にちょっとした動きあるので、それが実現したらコンビニとかに並べられるかなという感じです。いい方向で話進みそうなら花田さんには伝えますね。自分の本を読んでいただき本当にありがとうございます。素直に嬉しいです。 岩上智一郎』
今この時のメッセンジャーを読み返すと、二千十六年九月二十一日のやり取り。
もう小説を書かなくなって五年以上の月日が流れ、当時は旭総建工業の戸田にそそのかされ、二俣川へ住むか住まないかという精神的に辛い時期でもあった。
横浜のインカジ『ハッピー』時代の従業員、坂本に金を貸し騙されてレオパレスのマンションを強制退去になる数日前の話。
『返信ありがとうございます! 読み終わり本当に感動しましたので、この気持ちを岩上さんに伝えずにはいられずメールしてしまいました。もしかして、作品中の赤崎氏=岩上さん なのでしょうか? 花田哲也』
そんな中で彼からのメッセージは、ささくれ立っていた俺の心を優しい気持ちにさせてくれた感謝が未だある。
何せ二千八年に世へ出した俺の長男を褒めてくれたのだから。
そして出版した当時多くの人から言われた質問を彼もしてくる現実。
赤崎隼人…、自分が初めて書いた主人公の名前。
皮肉な事に、この年の年末ラッキーハウスで働き、偽名を使えと言われ、まさか自身の著作の主人公の名を使うとは、この頃夢にも見ていなかった。
以前坊主さんに言われた台詞を思い出す。
「クレッシェンドの赤崎って、歌舞伎町へ行く前の本当に若い頃の智だよな」
「酷いっすよ、坊主さん!」
「だっておまえは、歌舞伎町行って悪者ぶりの顔に拍車が掛かったもん。完全にあの街の住人ってオーラもいつの間にか纏ってさ」
考えてみれば、さて小説を書こうといきなり執筆し始めた作品なので、当然構成も何もなかった作品。
ただ頭の中で思い向くまま文章をひたすら書き連ねたのだ。
本来の歌舞伎町よりも可愛く。
主人公は俺の子供の無力な時期の虐待をそのままプレゼント。
あの街へ初めて行った時の体験も、当時のまま。
川越をそのまま書くには抵抗があったので、隣りの市の狭山出身という嘘を加える。
それは当然自分に似て当たり前の話だ。
『よくそれは言われるのですが、まだ全日本行く前の自分の性格とは似ているかとは思います。処女作なので、どうしてもその辺は身近なものが出てしまった感覚はありますね。 岩上智一郎』
彼とのやり取りはここで途切れたまま現在まで来ていたので、投稿にコメントとはいえ、まだ関わりがあった事が、素直に嬉しく親近感を覚える。
約四年ぶりのやり取りだもんな。
せっかくそんな花田のお薦めの店へ行かない理由もない。
こういった経緯もあり、大久保駅南口近くにある牛すじカレーへ向かう。
こんな通りで昼間から行列ができているのにはビックリ。

店内に入り、表示されている価格の安さにも二度驚く。
通常の牛すじカレーの並みなら四百五十円と低価格なのだ。
特盛で八百八十円なので、量は純粋に倍以上あるのだろう。
コールスロー五十円って何だ?
まるで駄菓子屋価格じゃないかよ。
もうさすがに今は無くなっているだろう川越のロジャース近くにあったもんじゃ焼き屋を思い出す。
これだけ良心的なお店なら、一番高いものを頼んであげたくなるのが心情。
味噌焼きカレーライスの豚バラ、チキン、イカの三種類ミックスの特盛を注文。
それでも千八十円だった。

味もスパイス効いていて中々美味しい。
ただの激安店ではないのが、行列までできる人気の秘密なのかと知る。
ラッキーホステルへ戻り、少しだけ小休止。
今日でここともお別れだ。
夕方になるとトランクに荷物をまとめ、入りきらないものは紙袋へ入れた。
大久保駅南口前の通路をキャリーバックを転がしながら、アスクルームへ向かう。
北口にある大久保通りと違い、こちら側は本当に人通りが少ない。
国破れて山河在りと呟くなりたくような心境。
だがこれは今の俺に適切な言葉ではない。
別に何かに破れた訳ではないし、大久保には美しいと思える光景は、北新宿公園ぐらいしかない。
薄暗くなった街並みを歩きながら、何だか惨めな生活をしているなあと恥ずかしくなり、この周辺の知り合いと顔を合わさないよう下を向きながら歩く。
何も悪い事をしていないのに、この罪悪感のようなものは何なのだろう?
アスクルームへ到着すると、二階ではなく三階にも同様の部屋があるようで、そちらを案内された。
「……」
畳一畳ちょっとの狭い空間。
荷物置き場は目の前にあるテーブルの上の棚のみ。
二階と違い、三階は鍵を掛けられる薄っぺらいドアがある分だけマシなのかもしれない。
タバコはベランダに灰皿があるので、そこなら喫煙OKで、室内は完全禁煙。
風呂場はなく、シャワー室のみ。
分かった。
先ほどの罪悪感だと覚えたものは、実はそれではなく敗北感。
こんな場所へ寝泊まりする人間など、転がり落ち続けた者の着地点。
負けるが勝ちとも言うじゃないか。
いやいや、俺が誰に負けた?
「……」
内藤ノブに嵌められ、橋本に裏切られ、香川によって追放の道を辿ったじゃないか……。
自己犠牲呪文メガンテで、橋本だけを道連れにしただけ。
その代わり俺はすべてを失ったようなものだ。
そうじゃないだろ?
インカジ『レディ』で再出発をしたばかり。
少なくとも、もうゼロではない。
まあここからまた這い上がるのも、いずれ何かのネタになるだろう。
ネタ?
まだ俺はこんな状況になっても、いつか小説を書くつもりでいるのか?
昼間の花田との一件で、たまたま小説を少し思い出しただけの話。
今は夜になればレディへ仕事へ行き、金を稼ぐ。
それだけが俺のルーティンである。
二千二十年十一月二十六日、木曜日先負。
この仕事に入り、一週間が経つ。
元々インカジ経験はあるのでホール仕事を覚えると、次はキャッシャーへ入る事になった。
これが普通に業務をこなせるようになれば、時給が百円アップするらしい。
問題無いだろうと思いながら実際に入って驚いたのが、記入すべき業務の多さ。
こんな細かい事までやるようなのかと、大場系列を少し甘く見ていた。
まず扱うサイトの数の多さ。
その分サイト別にクレジットは違う。
ハウスルールとして、一人の客が同時に二種類以上のサイトを使った賭けを禁止にしているのは有難いが、全十一席あるレディが満席になると、それぞれバラバラなサイトになってしまう。

パソコン操作からのINとOUTだけではない。
顧客収支表へいくらのINをどのサイトへ入れたかの記入。
パソコンのエクセル版収支表への打ち込み。
サイトのトータルポイントへの数字の打ち込み。
そこで始めて金額との誤差が出るので、その送ったポイント分の現金があるかを数える。
これまで働いてきたインカジは、どこも店内に置いてある金は百万前後だった。
しかしレディは違う。
基本的に置いてある金額が、五百万円。
これはよほど組織がしっかりしているか、太客ばかりで巨大な金額が動かなければ、このような事はあり得ない。
まずキャッシャーへ入る際、必須業務なのが置いてある現金の確認。
カウンターという現金を数える機械が置いてあるにせよ、毎回五百万円という金額を調べるのは非常に骨の折れる作業だった。

言い方悪いが、インカジでここまで徹底してチェックをしないといけないのかと内心思ったほど。
だが、ここまでやるからこそ、スタッフの店打ちでの抜き行為や悪さを完全に遮断し、牽制ににもなる。
つまり大場系列では、真面目に働くだけでなく、ある程度のパソコン操作スキルと素早さまで兼ね揃えないと、仕事へ付いていけない事となるのだ。
あの山下哲也も斉藤弘一や大倉がいたゲーム屋『ジョーカー』で働いていたが、その前にこの大場系列で働いていたんじゃないだろうか?
しかしあいつはパソコンがまるで駄目な人間。
だから務まらずに辞めたと考えるのが自然だ。
正直携帯電話で有名なKDDIで働いていたパソコンの業務操作よりも数段上のスキルを求められる仕事。
新宿歌舞伎町の裏稼業が、大手のKDDIよりも凄いスキルを求められる現実に、カルチャーショックを覚えた。
もちろん専門部署ならあの巨大組織のほうが、より緻密な作業をするだろう。
しかし俺がいた苦情処理部署と比較では、少なくともパソコンにおいて作業効率はレディのほうが大変だ。
顧客が来店すると、まず名前で顧客名簿から検索をする。
漢字フルネーム、平仮名で読み方、何歳ぐらいか感じはなどの特徴欄。
そして吸うタバコの銘柄まで管理してあった。
「岩上さん、結構パソコンの操作早いんですね」
フォローする為、横についている斉木が声を掛けてくる。
何年も書かなくなったとはいえ、あれだけの量の小説を執筆してきたのだ。
一時は三ヶ月ほどで原稿用紙六千枚の作品を書いた事もあった。
キーボードを打つスピードは、おそらくこの店の誰にも負けないだろう。
そんな変な自負だけは持っていた。
あとはレディのシステム面になれるだけの話。
「斉木さんが、手取り足取り親切に教えてくれるからですよ」
「早番の半崎君よりも、全然いいですよ」
俺のほうが年上というのもあり、この店の人間は本当に気遣ってくれる。
ただ、このキャッシャーの業務の面倒臭さだけは、精神的疲労が凄い。
キャッシャーのミス一つで、数万だけでなく、桁を間違えれば十万百万と店に損害を出してしまう恐れもあるのだ。
「今日はどこの出前頼みましょうか?」
「ちづる食堂なんてどうです?」
「いいですね。岩上さんは何を頼むんですか?」
「俺はあそこだと豚しゃぶ弁当一択ですね」
プレッシャーも掛かり、責任も負うキャッシャーをする時間帯は二時間半で交代。
八時間の内、三人交代という形で回していた。
ようやくお役御免になり、出前を食べる。
俺はこの店で頑張っていくしか道はない。
日々一からのつもりで清い気持ちを忘れないよう心掛けた。
帰り道の足取りが重い。
何故なら帰る場所がラッキーホステルでなく、アスクルームの狭い空間だからである。
それでも睡眠は必要だし、シャワーも浴びるようだ。
寝てしまえばどこだって変わりはないさ。
十九歳の時の自衛隊野営訓練の時に比べれば、全然マシ……。
辺り一面の銀世界の山の中へ入り、スコップ一つだけ渡され二メートルぐらいの穴を掘ったあの頃。
腰掛けられるよう、中に段差も作りながら穴を掘り、そこで歩哨をさせられる。
俺のいた班は意地悪な上官が多く、訓練以外の就寝時間、一時間置きに見張りへ立たなければいけなかった。
雪で手は凍るように冷たくなり、軍手をはめ両手の中でライターをつけて暖を取った事もある。
他の班は上官たちが交代交代で歩哨だったので、睡眠時間は取れる。
俺だけ三日間を一時間置きに寒空の中、穴ぼこで暮らすようなのだ。
あそこで土の壁に寄り掛かり少しだけ取った睡眠に比べれば、アスクルームなんて天国のようなものさ。
薄い壁の向こうから、誰かの鼾や歯ぎしりが聞こえてくる。
頑張って金を貯め、早くここから脱出しないとな。
そんな事を考えている内に深い睡魔に襲われた。
起きてから熱い温度のシャワーを浴びても、時間はまだ昼過ぎ。
ベランダへ出てタバコを吸っていると、目の前の山手線に電車が来るのが見える。
ドア開けてすぐ新大久保駅なんだもんな。
ホームの人たちから見れば、俺は大きなマンションに住んでいるなと思われているのかな?
まさか誰もこの中が、小屋の集合体なんて思いもしないだろう。
ラッキーハウスの深谷さんから電話が入る。
飲みに誘われるが、今はもう夜から仕事なので丁重に状況を話し断りを入れた。
「まったく君があの店を辞めてから、急に設定もキツくなったよ」
「いやいや、深谷さん。元々設定をしているのは香川だから、自分はいるいないは関係ないですよ」
「今ネット何とか? そんなところで住むぐらいなら、私はいい部屋を用意してやるぞ」
好意は本当に有難い。
だが遊び惚けていた俺に、部屋を借りる資金などまだないのだ。
俺のいなくなったラッキーハウスが退屈なのか、深谷さんの愚痴は長々続く。
食事へ行くと電話を切り上げ、外へ出た。
大久保通りを真っ直ぐ歩いていつもの寿楽へ入る。
茄子と牛肉のオイスターソース炒めを注文。

俺も行動が本当にワンパターンだなと思いつつ、食事を終える。
さて仕事まで、またひと眠りしておこう。
二千二十年十一月二十七日、金曜日仏滅。
タバコを吸うのは外になるが、あまりの寒さに早めに消して戻る。
今日は休みだが、まだそんな無駄遣いする訳にもいかない。
喫茶店『ラ・ムー』へ行き、ハンバーグを頼む。

食事を終えると、アスクルームの狭い部屋の中でイヤホンをつけながら携帯電話のゲームをしながら時間を潰す。
また深谷さんからの着信。
最近この人も愚痴っぽくなったなあと感じる。
だが、俺はもうあの店を辞めた人間。
通話も気遣いベランダで話すので、寒さで凍えそうになってしまう。
以前のように、川越から通ったほうがいいんじゃないのか?
それだとまだコロナ自体落ち着いていないからなあ……。
こんなウサギ小屋だけど、職場まですぐ行けるのは楽な利点もある。
本当に早い内、引っ越しを考えないといけない。
二千二十年十一月二十九日、日曜日赤口。
俺とニ十歳年の離れた湯浅は、妙に懐いているのかキャッシャー室で色々な話を振ってくる。
礼節もあり明るいので、俺も敬語で返しいい関係が気付けていると思う。
以前二俣川で一緒だった二十歳前後の職人玉井と比べると、あの生意気な小僧に湯浅の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ。
あの忌々しい場所を去る際、最後の光景は未だ目に浮かんでくる。
玄関へ近付きドアを開けた。
「あ、いた」
「……」
目の前に立っていたのは玉井だった。
口の利き方の知らない十九歳のペンキ職人。
「岩上さん、仕事辞めんの?」
「……」
「あ、戸田さんから現場へ行く途中、いるか見て来てくれって言われたからさ」
「……」
どう考えても十九歳のガキが、二倍以上年上の四十五歳へ話す口の利き方ではない。
「いるなら早く出てよ」
「嘴の黄色いガキが……」
「あ? あのさ…、俺、この辺じゃよー。ちょっとした顔なんだけど?」
「……」
「舐めてんの、おっさん? あ?」
顔面神経痛になったような表情で、俺を威嚇しているつもりの玉井。
年上として最後の授業を始めるか。
「おい、聞いてん…、ブッ」
気付けば顔面を鷲掴みしていた。
「小僧…、どこでその口の利き方学んだんだか知らねえけどよ? ネズミ如きが虎の前でウロチョロしていると、嚙み殺されるぞ」
壁へ押し付ける。
体重を乗せた。
圧を掛ける。
藻掻く玉井。
しかしまるで動けない。
当たり前だ。
腐っても鯛。
これまで培ってきた身体能力の差が、一般人とは違い過ぎるのだ。
人間を破壊するという事だけを考え、どれだけの時間を割いてきたか。
力を少し加える。
「ひっ!」
ゆっくりと手の力を抜く。
小刻みに震える身体を見て、手を離す。
軽く息を吐き、タバコに火をつけた。
少々大人気なかったな。
一寸の虫にも五分の魂がある。
「す…、すいません……」
「おい、小僧。いいか? 謝る時はすいませんじゃなく、すみませんだ。とっとと失せろ」
「は、はいっ!」
小走りに走り去る玉井。
人の気配を察知して逃げ惑うドブネズミのようだ。
もう今後の人生で交わる事もないだろう。
社長の戸田を始め、本当に二俣川にいた人間は碌な奴がいなかった。
「岩上さん、今度時間合ったらパチンコ行きましょうよ」
「え、だって同じ番だと無理じゃないですか」
「来月からまたシフト変わるんで、番がズレたら一緒に行きましょうね」
「ま、前向きに善処しときます」
休みの日をわざわざパチンコで潰すのは正直嫌だったが、湯浅の顔を和えて気遣っておく。
「そういえば岩上さん、前の店で責任者だったんですよね? 何で辞めてうち来たんですか?」
「……」
ラッキーハウスでの因縁。
これをどう説明すればいいのか?
金を抜いていないのに番頭と店長が組んで疑いを掛けられ、それが原因で辞める方向になったと簡潔に話す。
「え、だって岩上さんみたいな人が、そんな抜きなんてやる訳ないじゃないですか」
「結局抜いていたのは、店長だったんですけどね。俺に濡れ衣を被せ、居る抜きがし辛いから早く追い出したかったんじゃないですか」
「何ですか、それ? 凄いムカつきません?」
「まあ俺も我慢して、最後の最後でメガンテ唱えましたから」
「え、何すか、メガンテって? それってドラクエの呪文ですよね?」
湯浅が身を乗り出して興味を持ったところで、客が一気に来店。
結局仕事時間になるまで業務で忙しいままだった。
「明日メガンテの事、教えて下さいね」
彼と途中まで一緒に帰りながら、元コマ劇場前で別れる。
千葉の中山競馬場がある船橋法典駅から新宿まで通う湯浅。
通勤だけで一時間以上だ。
まだ若いのにしっかりした感じ、そしてたまに出る過去の話。
年齢以上に地獄を味わってきたのかもしれない。
俺はそんな彼の後ろ姿を眺めながら、セブンスターを口に咥えた。
今日は疲れていたのか目を覚ますと夕方。
いつもと違う店を探してみようと小滝橋通りを歩く。
中華風居酒屋『梅ちゃん』という店を見つけ、とりあえず入ってみた。
飲み放題もある激安店なので、今度休みの日にゆっくり来ようかな。

でも対して料理の味も美味くないので、客もいないしいつ潰れてもおかしくないと思う。
ウサギ小屋で出勤時間まで過ごし、今日もレディの一日は始まる。
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