元恋人が教えてくれた、正しいTAKERのやめ方
誰かに何かをしてもらうたび、私の胸の奥は少しだけチクリと痛む
時間をもらう 。
話を聞いてもらう 。
相談に乗ってもらう 。
そのたびに、「私はこの人に、何かを返せているのだろうか」と自分を責めてしまうのだ 。だから私は、自分のことをずっと「TAKER(受け取る側)」だと思い込んでいた 。
そんな私の見方が変わったのは、かつてお別れした恋人と再会したときのことだ 。
別れを切り出したのは、私の方だった 。
彼のことが嫌いになったわけではない 。ただ、「選ばれるのを待つ人生」を終わらせたかった 。決断を相手に委ねる自分を卒業したくて、自分の足で歩くために、私は身勝手な決断をした 。
それから必死に前を向き、事業を始め、少しずつ結果が出始めた頃 。
私はもう一度、彼に連絡をとった 。ずっと胸につかえていた「あのとき私は、彼から多くを奪ってしまった」という罪悪感を伝えるために 。
けれど、久しぶりに会った彼は、静かに首を振った 。
「奪われたなんて、一度も思ったことないよ」
好きな人が前を向くこと 。挑戦すること 。そして、ときどき頼ってくれること 。それが彼にとっては、受け取っていた喜びだったのだという 。
私は言葉を失った 。
ずっと、「GIVEしたかどうか」を決めるのは自分だと思っていた 。
でも、本当は違うのかもしれない 。
与えられたと感じるかどうかは、いつだって受け取る側が決めることなのだ 。
自分では何も返せていないと思っていても、相手の手のひらには、すでに十分なものが手渡されていることがある 。
「こんなにしてもらってばかり」と申し訳なくなるあの人も、もしかしたら、私とはまったく違う景色を見ているのかもしれない 。
もちろん、だから何でも甘えていいわけではないけれど、「私はTAKERだから」と殻にこもることは、相手が感じてくれた価値を、自分の物差しで勝手に否定してしまうことでもあるのだと思う 。
人との関係は、思っているよりもずっと、対等にできている 。
ただ、その天秤の傾きは、自分一人では決して測れないだけなのだろう 。
