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完璧主義の私は、努力しているのに前に進めなかった。変われたきっかけは「30点の行動」だった


完璧主義で動けない私が学んだ「完璧より継続」が大切な理由

「もっと良いものを作りたい」と考えることは、決して悪いことではない。

しかし、完璧を求めすぎると、いつの間にか「行動できない」という苦しさにつながる。

私自身、昔から完璧主義な性格に悩んできた。

本を読む時も、動画を作る時も、発信をする時も、「中途半端では意味がない」と考えてしまう。

そんな私が少しずつ変われたきっかけは、「完璧な結果を求めるより、まず行動を続けることの方が大切」と気づいたことだった。

オーディブルでも完璧主義が邪魔をする

先月からオーディブルを契約した。

目的は、本を読む時間が減っている罪悪感を少しでも減らすこと。そして、暇な時間を有意義な時間に変えることだった。

音楽を聴きながら記事を書くことはできる。

しかし、オーディブルを聴きながら記事を書くことは難しい。

理由は、内容を聞き逃したくないからだ。

オーディブルは本を読むより気軽に利用できる。しかし、私の完璧主義はここでも出てくる。

「せっかく本を聴くなら、全部理解したい」
「一文字も逃したくない」

そう考えてしまう。

実際には、オーディブルで聴いた内容の多くは時間が経てば忘れてしまう。

それでも、全く本を読まない状態よりは、新しい発見がある。

そして「今日は学ぶ時間を作れた」という達成感も残る。

完璧ではなくても、行動したこと自体に意味があると感じるようになった。

完璧な記事より、続ける記事の価値に気づいた

完璧主義で困ることは、本だけではない。

動画投稿もそうだった。

「もっと編集技術を高めてから出したい」
「低いクオリティでは見てもらえない」

そう考えてしまい、挑戦する前に止まってしまうことが多かった。

しかし、noteを続ける中で大きな気づきがあった。

一生懸命時間をかけて書いた記事も、適度に力を抜いて書いた記事も、「スキ」の数が大きく変わらないことがあった。

もちろん、質を高める努力は大切だ。

しかし、公開しなければ誰かに届くこともない。

それならば、完璧を目指して投稿できないより、少しずつでも発信を続ける方が価値がある。

そう考えられるようになった。

最初の一歩が一番重い

何か新しいことを始める時、最初の一歩が一番難しい。

私の場合、YouTubeもその一つだ。

精神疾患の当事者として、自分の経験を発信してみたい気持ちはある。

しかし、「再生数が少なかったらどうしよう」「批判されたらどうしよう」と考えると、投稿する前に緊張してしまう。

気にせず投稿や配信できる人を見ると、羨ましく感じることもある。

でも、noteで経験したように、最初から完璧なものを作る必要はない。

まず発信してみる。

その中で改善していけばいい。

小さな行動の積み重ねが、いつか大きな変化につながる。

まとめ

完璧主義は、向上心にもなる素晴らしい部分がある。

しかし、完璧を求めすぎると「行動できない」という壁にもなる。

私自身、以前は完璧ではないものを世の中に出すことが怖かった。

でも、noteを継続する中で、完璧な一回より不完全でも続けることの大切さを学んだ。

100点の行動を1回するより、60点でも毎日続ける方が未来を変える力になる。

完璧ではなくてもいい。

まず一歩踏み出すことが、自分の可能性を広げるきっかけになる。

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