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悲しみに差し出されるお菓子のこと

昨日は、年を取ることで見えて来る風景と、その反面として夭折した詩人たちの詩が語り継がれていく光景を書いていました。

今日は、その両方をなし得た稀有な詩人について書きたいと思います。そういうと、現代の人たちは谷川俊太郎のことがすぐに思い浮かぶのではないでしょうか。1952年に、21歳で『二十億光年の孤独』を出版し、2024年に93歳で亡くなるまで駆け抜けた詩人のこと。

ですが、今日はまた異なる詩人について、主に書きたいと思っているのです。1926年に、23歳で『爪色の雨』を出版し、1973年に70歳で亡くなった詩人。その名前はサトウハチローと言います。

彼の処女詩集『爪色の雨』から、私の好きな詩を一部引用します。

爪が話しにきいた南の国の桜貝のように
すきとほつています
お菓子を召し上れ

でないと
ほんとうに寂しすぎます

サトウハチロー「雨の日のおやつ」

「お菓子を召し上れ」「でないと / ほんとうに寂しすぎます」この詩を読むときに感じる寂しさをやさしく撫でてくれるような感覚。これが詩人サトウハチローの特色であるような気がします。

人間が当然持ってあるべき孤独感や寂しさ、それを認めたうえで差し出される「お菓子」とは、いかなるお菓子でありましょうか。この詩を読むと、この家族はお茶とビスケットを用意したお菓子の時間らしいです。たのしいはずの光景なのに、それを描く筆致は、さびしく、かなしい。

私は、この詩を読むと、寂しい心を持った私に、やさしくお菓子をさしだされた気持ちになるのです。召し上がれ、でないと、ほんとうに寂しすぎます。と。

この、サトウハチローの詩に見られる不思議な共感、なぐさめの感覚は、その後の彼の詩作品にもみられるようです。彼の代表作と言っても間違いはないであろう作品、「悲しくてやりきれない」を見てみましょう。一部引用します。

深い森の みどりにだかれ
今日も風の唄に しみじみ嘆く
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このもえたぎる 苦しさは
明日も続くのか

サトウハチロー「悲しくてやりきれない」

1968年、サトウハチローが65歳のころに、音楽バンド、「ザ・フォーク・クルセダーズ」のために書かれた歌詞です。2016年公開の映画、「この世界の片隅に」に使われた曲にもなったことでも有名ですね。

この詩では、「悲しくて 悲しくて / とてもやりきれない」ことに対して、何ひとつ解決策を提示しません。ただ、「このもえたぎる 苦しさは / 明日も続くのか」と、苦しみ、虚しさ、やるせなさへの共感を示すのみです。

しかし、他の人はともかく、私はこの詩、歌に深く慰められました。ただ、悲しさ、苦しみ、虚しさ、やるせなさを受け止めてくれるだけで、私の心はずいぶん慰められたのです。哀切かつ美しいメロディーも、私を助けたのだと思います。

そもそも、すぐに解決策を出せる苦しみであれば、この世の苦しみがそのような質のものだけであったのなら、人は詩歌を生み出すことはなかったでしょう。人間の悲しみや苦しみは、容易に語れるものでも、解決できるものでもないからです。

そのような語りえない悲しみや苦しみを生きる人々に、「でないと / ほんとうに寂しすぎます」と差し出すことが出来るせめてもの「お菓子」が、詩歌であり、言葉や、表情などの言外の意味なのではないでしょうか。

人が、人として生きるための、他者と生きていくための感情の共有、そうでなくても、他者の気持ちを分かろうとすること、そのための努力を、私はずいぶん詩から学んだように思います。その根底には、サトウハチローの「悲しくてやりきれない」の言葉と旋律が、静かに流れているのかもしれません。

人間を知ろうとすること、これは私の詩を読む態度、詩を書く態度において、重要な位置を占めています。その先には、他者と生きていくためのこころがまえが潜んでいるのではないか、そんな期待を、私はずっと持っているような気がします。

それでは、今日は、おやすみなさい。


参考文献リスト

  • サトウハチロー著「爪色の雨」R出版,1078年発行

青色の箱に、青色の布張りの、とてもきれいにつくられた詩集。背表紙に銀色の箔押しで「爪色の雨 サトウハチロー」と書かれています。旅行先の本屋で購入。とても大事にしている一冊です。「雨の日のおやつ」は本書から引用しました。

  • サトウハチロー著「サトウハチロー詩集」株式会社角川春樹事務所,2007年発行

秋の風景が描かれた、かわいらしく格調高い表紙の一冊。文庫サイズで持ち歩きがしやすいです。サトウハチローの詩がたくさん収められていて、彼の詩を知るのにいい一冊だと思います。「悲しくてやりきれない」は本書から引用しました。

それでは、今日は、本当に、おやすみなさい。

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