第42話 長篠の記憶と馬上筒(づつ)
信州上田から吾妻忍びの〝早駆の熊若〟が大坂にやって来て、「焔硝の作り方が解かった」という昌幸の伝言を伝えた。
「そうか!」
と目を光らせる幸村は、紫苑の焼いた鱧の小骨を丁寧に取り除いて箸でつかむと、膝の上に置いた安岐姫の口に運んで「うまいか?」と聞いた。
「うん! うまい!」
と喜ぶ姫を横目に、
「魚くらい自分で食わせろ。そんなに甘やかしていたら草鞋の履き方も忘れるぞ」
幸村にびったりの様子が気に入らない才蔵の言葉に重ねて、
「才蔵さんの言う通り。嫁いだ先で米櫃の蓋も開けられないようでは困ります」
と紫苑も言う。
「なんだお前たち、妙に気が合うではないか。二人とも安岐姫に嫉妬しておるのか?」
「そんなんじゃありません!」
紫苑はぷっと膨れて台所へ戻ってしまうと、
「で、焔硝はいつできる?」
と、幸村は熊若に聞いた。
「うまくいって早くて五年。いま筧さんが仕込んでいます」
「いよいよ真田も鉄砲部隊を持てるか・・・」
幸村は感慨深そうに呟いて、才蔵に目をやり、
「おい才蔵、鉄砲鍛冶に知り合いはないか?」
と聞いた。
「鉄砲鍛冶だと? 何人かいるが、それがどうした?」
「片手で持てる火縄銃を拵えられる鍛冶師はないか?」
「片手で持てる鉄砲・・・? そんなものを作ってどうする?」
「馬上で使うのよ───」
真田の者は誰しも、今から十数年前の天正三年(一五七三)の、あの〝長篠の戦い〟の屈辱をどうしても拭えない。武田家をはじめ、真田も祢津も望月も、その後継の殆どを失ったのだ。当時、確かに武田の騎馬軍団は日本最強のはずだった。それが鉄砲という未知の武器の前に脆くも砕け散ったのである。侍の情熱と鍛え上げた武技、そして馬とが一体となった〝風林火山〟の魂の奔流が、名もなき足軽の放つ最新兵器の前に塵芥の如く薙ぎ倒されたのだ。
あれは戦ではあったが、結果としては虐殺だった───。
真田の者たちの体には、あの日の泥と血で染まった決して癒えることのない傷痕が刻印されている。あの残酷な敗北は、非常にして冷酷な運命という名の新たな時代の到来を告げるものだった。
しかし幸村は、
「あれは単なる戦術の過ちでなく、まして運命の仕業でもない───」
と達観していた。要は鉄砲隊に勝る戦術を考えればよいのだ。そしてそれは即ち───
騎馬の機動力を持った鉄砲集団だ!
目には目、歯には歯、鉄砲には鉄砲───火縄銃の斉射の上をゆく騎上銃軍団ができれば恐るべき力になるだろう。彼の知恵は、いかなる運命にも屈せぬ意志の力により絞りだされたものだったに違いない。
「今に見よ!」
失われたものはどれだけ大きくとも、その屈辱と絶望、瓦解と灰燼の中から、全く新しい力は生まれるのである。
「騎上だと・・・? そうか、流鏑馬の弓を短筒に持ち換えるってわけか! そいつは面白そうだ!」
と才蔵は手を叩いた。
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ののうノ野
磐城まんぢう書き下ろし小説『ののうの野』を不定期掲載しています。 時は戦国、かつて信州祢津地域に実在した”ののう巫女”集団にスポットを当て…
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