【3分小説】思い出の重さに潰される前に|||#風まかせ文芸部「思い出」
「いいって。もう。分かったから。かあちゃん。俺もう二十一だよ。ちゃんと三食食べてるし,大学にもちゃんと行ってるよ。もういい?切るよ。」
「はいはい。そうだ。一応知らせておくね。」
「何?」
「向かいのゴミ屋敷のなんとか坂さん。亡くなったんだって先週の地震で。」
「森坂さん?」
「ああ。そうそう。そんな名前。先週の地震でゴミが崩れてきて下敷きになっちゃったんだって。気の毒にね。」
「そうなんだ。」
「昨日息子さんが来て,ちょっと話したんだけどね。あの大量のごみどうしようかって頭抱えてたのよ。あそこまで多いと業者に頼んで持っていてもらうしかないわよね。処分するのにだってお金は――」
「ふーん。まぁいいや。もう切るよ。」
「はいはい。しっかりやるのよ。おやすみ。」
「おやすみ。」
小さいフクロウの置物に目を見やる。
決して可愛くはない。
黄色いぎょろりとした目が不気味なもので、部屋に人を招く度に大不評だった。
それでも捨てないで置いているのは、あの森坂さんから盗んだ負い目があるからだろう。
小さい頃の話だ。
あの頃は森坂さんの家からあふれ出した大量の骨董品とやらが、近所で煙たがられていたことを小さい俺はまだ知らなかった。
何気なしに道路にまではみ出したその骨董品を何となく眺めていると、白いひげを蓄えた仙人のような風体の老人が玄関ドアの無い家から出てきた。
「ぼうず。触んじゃねえぞ。それは売り物だからな。」
それが森坂さんだった。
「これ何?」
俺は変な形の壺を指さした。
「興味あんのか?そいつは有名な陶芸の先生が作ったもんだ。」
「へえ。これは?」
「それは、高かったやつだ。俺の値切り交渉で半額にまけさせたんだ。」
「あの小さいぬいぐるみは?」
「あれは……。そうだ。思い出した。売り物じゃねぇ。俺がカズからもらったもんだ。」
「カズって誰?」
「俺の子供だよ。」
「ふーん。あっ…あれは?」
小さいフクロウの置物だった。
当時なぜそんなに欲しがったのかは忘れてしまったが、妙に心を惹かれたのを覚えている。
「あれはフクロウだな。昔、東南アジアに旅行しに行ったとき仕入れたやつか?」
「あれ!ほしい!いくら?」
「ダメだ。ガキの小遣いで買えるものはねえ。もういいだろ。とっとと帰れ。」
本当に売る気があるならちゃんと値札をつけるべきだ、と子供ながらに俺は思った。
別の日、俺は道端にフクロウの置物が転がっているのを見つけた。
つい魔が差してしまった。
森坂さんの家を見たが、物音ひとつしない。
俺は素早くフクロウをポケットに押し込むと何食わぬ顔で自分の家に帰った。
それからしばらくして、フクロウの置物をいつどうやって返そうか悩みながらごみ屋敷の前を通った時、森坂さんの方から話かけてきた。
やけに上機嫌だった。
「おう、この前のぼうずか。見ろよ。この木彫りの龍。かっこいいだろ。古物商からタダ同然で譲ってもらった品でな。」
「ねえ、この前のフクロウの置物のことなんだけどさ。」
「なんだそれ?フクロウ?ああ!あれか。」
森坂さんは一度家の中に引っ込むと、頼まれてもいないのに大きなフクロウの瀬戸物を抱えてきた。
「これだろ!これはな、この前有名な先生がな、俺だから特別にっていって破格の値段で売ってくれたものでな…」
「違うよ。もっと小さいやつ。」
「は?なんだそれ?そんなものはない。いいか、骨董品ってのは迫力あるのが醍醐味なんだよ。ちっさいものってのはそれだけで価値が下がんだよ。」
森坂さんはよく分からない持論を並べ立てていたが、この不細工なフクロウの置物は俺が大事にすると決めたのだった。
今思うと、森坂さんは骨董品を売るためや好きで集めていたのではなく、仕入れたという思い出を集めていたのだろう。
どんどん増えていく思い出の品を捨てることをせず、向き合わず、忘れられた思い出の品々に反逆されたのだ。
抱えられるものには限界がある。
それならば、やがて忘れられて黄ばんでしまう大量の思い出より、大切な思い出を大事に抱えるべきなのかもしれない。
俺は思い出の品を整理しようと久しぶりにクローゼットを開けた。
つい最近アウトレットで買ったバッグが脚の上に落ちてきて、俺は慌てて脚を引っ込めた。
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