Faraquetを聴いて、あのXの意味を思い出した
先日Faraquetを観にいってからストレート・エッジという思想にアツい気持ちを抱いている。
ポストハードコアバンドの来日|Iwakami Sho
ストレートエッジとは
1980年代初頭のアメリカ・ワシントンD.C.、
Dischord Recordsという小さなレーベルが生まれた。創設者のイアン・マッケイとジェフ・ネルソンは、自分たちのバンド「Minor Threat」のレコードを出すために作っただけ。このレーベルがのちにハードコア・パンクの価値観を変えてる。
イアン・マッケイはドラッグやアルコールに頼らない生き方を
「ストレート・エッジ(Straight Edge)」と名づけた。SxEとも略される。
イアン・マッケイは演奏する先々で、店に未成年が入るのを許可する方法として「未成年の手の甲にバツ印(×)を書く」というやり方を提案し、いくつかのクラブはその方法を取り入れたことから、手の甲のバツ印はアルコールとドラッグに反対するシンボルとなった
ストレート・エッジ - Wikipedia
“酔わずに、逃げずに、まっすぐに生きる”──そんな宣言のような曲を、
彼はわずか46秒のスピードで歌い切った。
基本理念はこれ。
喫煙しない
麻薬を使用しない
アルコールを摂取しない
快楽目的のみのセックスをしない
というのが基本的な理念。それまでのロックの価値観であった「セックス、ドラッグ、ロックンロール」という享楽的な生き方に対するアンチテーゼと捉えられている。
それは「禁欲」ではなく、「自己決定」の表明だった。
他人の価値観ではなく、自分の意志で選び取ること。
そのシンプルな姿勢が、混沌とした時代に多くの若者を惹きつけた。
時代背景:混乱の80年代
80年代のアメリカは、物質的な豊かさが広がりつつ社会的な緊張もあった。
経済は拡大し、郊外にはショッピングモールが立ち並ぶ。一方で、都市には失業、薬物、暴力が蔓延していた。
ワシントンD.C.のハードコア・シーンは、そんな社会の裏側から立ち上がった。過剰な商業主義にも、無目的な反抗にも馴染めない若者たちが、手作りのフライヤーを貼り、地下のライブハウスで音を鳴らした。カッコいい!
Dischord Recordsの面々は、音楽業界の外に自分たちの小さな経済圏をつくった。レコードを自分たちで録音し、ジャケットを手折りし、郵送して売る。
ポストハードコアに進化
ストレート・エッジの精神は、だんだんと音の複雑さへと姿を変えていく。
1980年代後半から1990年代にかけて、D.C.のミュージシャンたちは「速く叫ぶ」のハードコアを越え、より構築的で内省的な表現を求めはじめた。
その象徴が Fugazi。彼らの音は攻撃的なのに、整然として静かに熱くなる。
ギターの残響と沈黙の間に、思想があった。イアン・マッケイの言葉は、「怒り」ではなく「問い」になっていった。
そして90年代末、その精神を受け継ぎながら、より数学的・実験的に展開したのが Faraquet や Medications だった。彼らは、Dischord Recordsの第二世代として登場し、複雑なリズムや変拍子を駆使しながらも、どこか清潔で、理知的な音を鳴らした。
Faraquetのアルバム『The View from This Tower』(2000年)は、ポストハードコアとマスロックをつなぐ架け橋として今も評価が高い。そのサウンドには、「まっすぐに生きる」というストレート・エッジのDNAが、静かに息づいていると私は感じている。先日のライブも最高だった!
現代版ストレート・エッジ
現代の「まっすぐさ」は、ひょっとすると違う形をしているかもしれない。
SNSやアルゴリズムやメディアに流されず、
情報や消費の波に飲み込まれず、
自分の時間を、意識的に選び取ること。
でも、80年代のD.C.で若者たちが選んだ「自分のルールを持つ」という行為と、本質的には変わらない。
ちなみに私はストレート・エッジをちょっと変えて
喫煙しない
麻薬を使用しない
愛のないアルコールを摂取しない
快楽目的のみのセックスをしない
を信条に生きています。
