いやさか神話〜カムヤイミミ編〜 ― 神に仕えるという選択 ―
むかし、
まだ「日本」という国のかたちが
定まる前のこと。
日向の国――
いまの宮崎の地に、
のちに 神武天皇 と呼ばれる人がいた。
彼はその地で、
愛する妻 アイラツ姫 と、
子どもたち タギシミミ、キスミミ に囲まれ、
とても仲睦まじく暮らしていたという。
愛馬とともに過ごす日々は穏やかで、
誰もがうらやむような、
静かで満ち足りた家庭だった。
あるとき、
アイラツ姫がふと、こんな言葉を口にしたという。
「私たちのような幸せな家庭が、
日本中に、いえ、世界中に広がったら素敵ね」
この一言が、
神武天皇の胸に深く残った。
――自分たちだけが幸せでよいのだろうか。
――この幸せを、もっと大きなものにできないだろうか。
ここに、
東へ向かう志 が芽生えた。
神武天皇は、
日向を出て、東へ向かうことを決意する。
愛する妻と子を残しての旅立ち。
アイラツ姫は大きな衝撃を受けながらも、
その志を理解し、
静かに彼を見送ったという。
これは、
戦の物語ではない。
志の物語 である。
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ヤマトでの統治と、ひとつの婚姻
東へ向かった神武天皇は、
やがてヤマトの地に至る。
そこには、
すでにこの地を治める力があった。
神武天皇は、
統治を安定させるため、
ヤマトを司る神、
大物主神 の娘、
ヒメタタラ五十鈴姫 と夫婦の契りを交わす。
それは、
愛による結婚ではなく、
和平を結ぶための手段だった。
この婚姻によって生まれたのが、
• 神八井耳命(カムヤイミミノミコト)
• 神沼川耳命(カムヌナカワミミノミコト)
である。
だが――
神武天皇の心は、
終始、日向に残したアイラツ姫にあった。
五十鈴姫は、
その事実を受け入れることができなかった。
胸に芽生えた嫉妬は、
やがて疑念となり、
静かに膨らんでいく。
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タギシミミ事件 ― 分かれ道
五十鈴姫は言った。
「タギシミミが、
謀反を企んでいる」
その言葉を受け、
神八井耳命と神沼川耳命は、
タギシミミの邸宅へ向かうことになる。
しかし、
実際に訪れてみると、
そこに謀反の気配はなかった。
ここで、
兄弟の判断が分かれる。
神八井耳命 は思った。
――殺してはならない。
――これは、為してはならないことだ。
彼は、
剣を振るうことを拒んだ。
一方、
神沼川耳命 は、
――母がそう言っているのだから。
――それが正しいのだ。
そう考え、
タギシミミを殺害した。
この出来事は、
単なる王位争いではない。
ここで、
日本神話における大きな分岐 が生まれた。
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王の道と、神の道
タギシミミを殺した
神沼川耳命は、
のちに 第二代・綏靖天皇 となる。
力を行使し、
秩序を守る責任を引き受けた者。
一方、
神八井耳命は、
こう宣言した。
「私は、政治を引き受けることはできない。
神に仕える道を選ぶ」
彼は、
王になる資格を持ちながら、
王にならなかった。
ここに、
神職という生き方の原型 が生まれる。
神に仕えるとは、
神に奉仕することではない。
良心のままに行動を選択すること。
為してはならなぬことを、
為さぬと決めること。
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三輪の神と、神職のはじまり
神八井耳命の系譜に連なる存在として、
オオタタネコ が語られる。
オオモノヌシの御神託により、堺の地より探し出され、崇神天皇より神職に抜擢された存在。
神八井耳命の
「神に仕える道」が
オオタタネコに継承され
神に求められて三輪の地において
大神神社の初代宮司となるのである。
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神に仕えるという選択
神八井耳命が選んだ道は、
目立たない。
権力も、
王位も、
歴史の中心も、
自ら手放した。
だが、
その選択は、
いまもこの国の底流に息づいている。
神に仕えるとは、
真我良心に従うこと。
勝たなかった者が、
殺さなかった者が、
神の道をひらいた。
これは、
王の物語ではない。
神に仕えるという選択の物語 である。
そしてその問いは、
いまを生きる私たち一人ひとりにも、
そっと差し出されている。
――あなたは、今
目の前のひとつひとつに
どんな選択をするだろうか。
いやさか神話・カムヤイミミ編
― 神に仕えるという選択 ― 了
