銭湯ハイジャック|掌編小説集「ゆうぐれドキ」#6
銭湯がハイジャックされたのは、木曜日の昼下がりだった。僕は大学の空きコマにのんびり風呂にでも入ろうとしたら偶然居合わせてしまった。男は風呂椅子に乗り、巻いたタオルに隠していた鋭利な刃物を掲げて「この銭湯はハイジャックした!」と叫んだ。もちろん全裸で。
僕はびっくりした。でも木曜日の昼下がりに銭湯へやってくるのは老人ばかりで、彼らの反応はなんだか間延びしていた。男の叫び声は銭湯の高い天井にやんわりと反響して、彼らの遠くなった耳には届かなかったし、刃物特有の緊迫感は湯気でぼやけていた。
僕もだんだん落ち着いてきて「女湯はどうやってハイジャックするつもりなんだろう」と電気風呂に浸かりながら真剣に考えたりした。
すると、脱衣所の方から大きな鍋が煮えるような物音がすると思って見てみたら、白く曇ったガラス戸が開け放たれ、同じく刃物を持った全裸の男たちが浴場に雪崩れ込んできた。
「奴を探せ!」
彼らは浴場の隅から隅までをくまなく調べ始めた。男たちが続々と浴槽の中に飛び込んできてお湯が大量に溢れ出す。僕は電気風呂の隅に追いやられた。
「発見しました!」
一人の男が叫ぶ。彼の掲げられた手には一匹の河童が首根っこを掴まれてぶら下がっていた。排水溝の中から引っこ抜かれたようだった。
「うぐー離すっぺー! オイラに何の用だっぺー!」
最初に声を上げたリーダー格の男は河童を恨めしそうに睨むと、
「やはりこの銭湯もだったか。打ち壊しだー!」
「うおーーー!」
男たちは無駄のない圧倒的な暴力で銭湯の備品や壁画やロッカーを叩きのめし、粉々にし始めた。僕と老人たちはオロオロと浴場から抜け出し、半裸びしょ濡れの姿で外へ飛び出した。なんだっていうんだ。
〈了〉
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