感情のマスタリー――抑えるのではなく、素材にするという選択
昔は、感情を抑えることが大人だと思っていた。
怒らないこと。
動じないこと。
揺れないこと。
波が立たないことが、安心だと信じていた。
けれど、水面が静かすぎると景色は映らない。
揺れない人は、動かない。
怒りは境界線を教えてくれる。
嫉妬は欲望を教えてくれる。
不安は準備不足を教えてくれる。
消すものではなく、読むものだった。
感情は敵じゃない。
素材だ。
料理と同じで、
火を入れすぎれば焦げるし、
生のまま出せば刺さる。
でも、うまく扱えば、それは“その人の味”になる。
嬉しいときは、ちゃんと嬉しがる。
悔しいときは、ちゃんと悔しがる。
寂しいときは、寂しいと認める。
それだけで、人生の輪郭が少し濃くなる。
感情を消そうとすると、自分まで薄くなる。
感じ切った感情は暴れない。
中途半端に押さえ込んだ感情だけが、
あとから形を変えて出てくる。
理想と現実の差にヒリつく夜。
あの感覚も、悪くない。
それは欠落ではなく、伸びしろだ。
創造的緊張とは、自分の未来にまだ期待している証拠。
マスタリーとは、完璧になることではない。
揺れながらも、自分で選ぶこと。
感情を抑える人ではなく、
感情を素材にする人へ。
人生のハンドルは、
いつでも自分の手の中にある。

