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「天国に行けるよ」という約束

「今日の聖書の箇所は、
お葬式のときに、よく読まれる箇所なんです」

この前の日曜日のミサで、
神父様が話してくださいました。

復活祭から数えて5回目の日曜日、復活節第5主日のミサ。

今回は「天国」についての話。
キリスト教の「死」の話。

私のような、聖書の専門家ではない一信者が書いていいのかわからないけれど、ミサで聞いたことと、感じたことを、シェアしたいと思います。

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「死んだら、私たちは、
すぐに、そのまま、天国に行くことができます

と、神父様がはじめに話されました。
仏教では、亡くなった人が「次の世界」に行くために、
家族が供養を行なったりしますが(宗派にもよると思います)
キリスト教では、すぐに天国に行くのだそう。

「葬儀でその話をすると、ご遺族の方が
『うちの人は、お酒飲んで、バクチして、散々悪いコトをして、罪深い生活をしてきたから、天国なんて行けないと思います』
とおっしゃる場合があるんです。
でも、違うんです。
そんな人でも、天国に行くんですよ。」

そこで、今日の福音朗読です。(前半のみ)

「心を騒がせるな。神を信じなさい。
そして、わたしをも信じなさい。
わたしの父の家には住む所がたくさんある。
もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。
行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。
こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。
わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」
トマスが言った。
「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」
イエスは言われた。
「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

ヨハネによる福音書14章1-6

「わたしの父の家には住む所がたくさんある」
すなわち、
天国には、私たちの居場所が、たくさんある
ということ。

しかも、「もしなければ」、
イエスさまが「あなたがたのために場所を用意しに」行ってくださる。
そして、「あなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える」。

イエスさまが、
私たちを、天国に連れて行ってくださると、
約束してくれているのだ
、と。

ここで大切なのが、
私たちは「自分の力で天国に行く」のではない、ということです。

人間は、罪深くて、死ぬまで不完全。
そんな自分が、天国になんて行けるんだろうか…。

でも、そうじゃない。
自分の行いが良かったから、天国に行けるんではなく、
神さまが、私たちを愛しているから、
天国に行ける
のです。
と、神父さまはおっしゃいました。

神さまは、私たち人間を、とても愛してくれている。
愛しているから、放っておけない。
愛しているから、死んだ後、天国で一緒にいたいと思ってくれている。
たとえ、どんなに罪深い人間であっても…。

それは、親が子どもを放っておけないのと似ています。
(だから、神さまを「天の父」と呼ぶのですね)
どんなに悪い子でも、
どこかに行ってしまったら、必死に探すのと一緒。

うん、たしかに。
うちの子どもたちがいなくなってしまったら、
たとえ大喧嘩の最中だったとしても、必死で探すと思います。
見つけたら、「あぁ、良かった!!」と
嬉しくて、泣きながら喜ぶと思います。

神さまの、私たちへの愛は、それ以上のもの

だから、死を前にしたときに、こう言いましょう
と、神父様は話を締めくくりました。

「私は、天国に行きます。
神さまが、愛してくれているから。
神さまのもとに行きます。」


**


中学生の時に、同級生が亡くなりました。
それまで、あまり身近に死を意識したことがなかった私は、
死んだらどうなるのか、
亡くなった同級生は、どうなるのか、
怖くて不安で、そのことばかり考えてしまう時期がありました。

人は必ず、死にます。
死後の世界は誰にもわからないし、不安で怖いもの。
だから、「必ず天国に行けるよ」という約束に、
人は救われる
のだと思います。


それは同時に、遺される人にとっても

大切な家族が亡くなる時、
亡くなった後に「必ず天国に行く」と信じることができたら、
悲しみがほんの少し、癒えるのではないでしょうか。
大好きな祖父や祖母、叔母は、
亡くなって、今、天国にいる。
私は、疑う余地もなく、そう信じています。

我が家の末娘くんちゃんは、
お母さん(私)が死んでしまうことを、何よりも恐れていて、
時々想像しては、泣いてしまうことがあります。
(私、めっちゃ健康で元気なんだけどなぁ…)

もしも、本当に私が死を目前にした時、
「お母さんは必ず、天国に行く」ということが、
くんちゃんや子どもたちにとって、大きな救いになるはず。

もしかしたら、死を前にした自分よりも、
家族が救われるのかもしれません。


ただ、これらは「今の私」が感じること。
今、自分の前に「死」が迫っているわけでもない状態で、感じることです。
実際に、「死」と対峙したときに、
「天国に行ける」と言われても、
心やすらかにいられるかは、わかりません。
(自信ないです…信仰が弱いのかな…)

それでも、「必ず天国に行けるよ」という約束は、
救いになると、信じたい。
たとえ時間がかかっても、
心から神様を信頼して、身をゆだねることのできる信仰を、持てるようになりたいと願います。

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