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掌編小説 【わたし、月から来たの】 後編

 掌編小説「わたし、月から来たの」後編


「「いただきまーす!」」

 ホットケーキにバターをのせて、蜂蜜をたっぷりかける。
 満月みたいにまんまるなそれを、一口かじると――ふわっと広がる、懐かしい甘さ。

 口の中がとろけて、思わずうっとりしてしまう。

 二口め、三口めと頬張っていたら、突然――

 唯月がガタンと立ち上がった。
 そして、アニメの悪役みたいに、高らかに笑い出した。

「ふははははっ!!」

「え、なに!? 唯月、大丈夫!?」

「これで、巳波は月の宮の人間だ!!」

「……は!?」

 なにその“よく訓練された悪役ムーブ”!?
 ……っていうか、なに言ってるの!?

「人間が月の食べ物を口にすると、人間ではいられなくなるの。
 巳波はもう、地球には帰れないのだーーー!」

 なにその厨二病設定!?

「うそじゃないよ? 本気だもん! 
 ……やった、これでずっと、巳波と一緒にいられる!!」

 そう言って笑う唯月は、いつも通り可愛い。
 でも今だけは、ぞっとするほど恐ろしい。

「……やだよ! 唯月とは仲良くしたいけど、わたしは地球に帰りたいの!!」

「もうそれは無理なの! 観念して、わたしのお嫁さんになりなさい!!」

「お嫁さん!?!? え、ここ同性婚OKなの!? ていうか、結婚する前提!?!?」

 わたしたちの大喧嘩に、ご両親は完全にフリーズ。

「ちょ、唯月! 巳波ちゃんが困ってるじゃない……!」
 
「結婚って、何の話!? パパは知らないぞ!?!?」

 どうやら、ご両親にも話は通っていなかったらしい。
 それでも唯月はまったく動じない。

「巳波は、わたしのこと、好きじゃないの!?
 この前、“唯月なら結婚してもいい”って言ってたじゃん!」

「確かに言った! けど! 世の中には順番ってものが――って、そうじゃなくて!!」

 言い合いの熱がどんどん高まる。
 体温も上がって、頭がぼーっとしてくる。
 なんだか、まぶたが重くなってきた……。

 唯月に言いたいこと、いっぱいあるのに……。
 でも、もう……限界……。

 

「……なみ! 巳波、起きて!」

 誰かがわたしを揺さぶる声。
 ぼんやりと瞼を開くと、そこには――制服姿の唯月がいた。

「ホームルーム終わったよ。さ、帰ろ?」

 机には教科書、窓の外は夕焼け。
 いつもの教室。いつもの日常。
 まるで、あの月の旅が“なかったこと”のように――

「……この、ばか唯月!!」

「は!? なによいきなり!?」

「なによって……わたしは唯月のこと、大好きだし、気持ちは変わらない!
 なのに、勝手に月に連れてって、帰れなくしようとするなんて……ひどいよ!」

 勢いに任せて文句を並べていたら、だんだん正気を取り戻してきた。
 さっきの出来事が夢なら、唯月は何も知らない。
 なのに、何言ってるの、わたし!!

「変な夢でも見たの?」
 
 唯月は目をぱちぱちさせてから、ふふっと笑った。

「ほんとに変な夢だったよ……」

 わたしはため息をついて、荷物をまとめる。

「……でも」

 唯月が、ぽつりとつぶやいた。

「夢の中でも、“わたしと結婚してもいい”って言ってくれて、うれしかったよ」

「えっ……」

 思わず顔が熱くなる。
 唯月は振り向きもせず、すたすたと教室の外に出ていった。

「な、なにそれ! やっぱりあの時のことって!?」

「よくわかんないな〜。さ、パフェ食べに行こ〜〜!!」

「ちょ、待ってってば!!」
 
 2人並んで歩く帰り道。
 早めに昇った満月が、まるで“全部知ってるよ”とでも言いたげに、やさしく輝いていた。


 ***

 ――そして、数ヶ月後。

 春の匂いが漂い始めた放課後。
 唯月が突然、わたしの机の上に何かをぽんと置いた。

「はい、これ」

 白い封筒。中から出てきたのは――あのときと同じ、“月の宮行”のチケットだった。

 東京発 ― 月の宮行。
 発車は明日の夜。満月の日。

「……え?」

 わたしが顔を上げると、唯月はいつものようににこにこしていた。

「巳波、また行かない? 月の宮」

「ちょ、ちょっと待って!? どういうこと!?!?」

 あれは本当に“夢”だったの?
 それとも――

 窓の外では、もうすぐ満ちそうな月が、わたしたちを静かに見下ろしていた。

 

《おしまい》



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