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【小説】おしりのぽんぽん第五話

第一話・あらすじはこちら:【小説】おしりのぽんぽん第一話|出雲黄昏 (note.com)

五、月読編

 月読ツキヨというタレントに転生した。
 この身体はすごかった。神格を人格が上回るような、圧倒的な力がふつふつと体内で無尽蔵に湧き上がってくる感じ。
 なるほど、創造神ですらおしりのぽんぽんを上手く設計できなかったが、この女なら可能かもしれない。さながら感覚・感情を司る神とでも言おうか。創造神の配下としてこいつを天界に送っても良いかもしれないと、転生してすぐに思えるくらいに、今までの人間とは一線を画す圧倒的な力が宿っていた。
「なぜ今回カミングアウトされたんですか」
 今日はテレビ番組の収録だった。
「おしりのぽんぽんがないことで、苦しむ人々の救いになれば。そういう思いです」
「たしかにあなたのような有名人がおしりのぽんぽんのない体質であるとわかれば、救われる人もいるでしょう」
 強い言葉を使わない司会者がもどかしくもある。だいたい、意思疎通は何も言葉だけではない。
 なんとも滑稽な司会者だ。本当は言いたいのだろう? ポンナシごときが、と。
 その瞳の奥に沈むどんよりとした黒が、わたしのことを蔑んでいることくらい簡単にわかる。
「では、もうおひとかた、月読さんと同様に先日カミングアウトされたこのかた……」
 二十歳くらいの男性タレントに向けられた大型カメラのレンズが動く。
 彼は有名人でありながら幼少期からの発達障害、知的障害でいじめられたという経験を公表し、さらには自分の性的嗜好は同性である。そして、まだある。実の父は超有名漫画家であったが、母を殺した殺人犯でもある。
 ここまでなら、家庭環境や自分の障害に葛藤して強く生きる悲劇の主人公のようだ。
 しかし、彼を多様性の象徴としたがる為政者たちが、おしりのぽんぽん至上主義の、政治的、差別的発言の強いキワモノタレントへと変えてしまった。
 元より壮絶な半生を生きてきた彼だ。一般人のそれとは違う価値観や精神であって、むしろ、本性的な部分がむき出しになったと言っても過言ではない。
 彼は端的に言って、異常者だ。多様性とは似て非なるものだ。
 彼とわたしを同席させるとは、番組のプロデューサーは悪意に満ちているとしか言いようがない。
 今までの月読なら、正義感をもって立ち向かうだろうが、今は神格すら宿っている。
 月読と彼を喧嘩させて番組を盛り上げさせようとしているのだ。が、万物を理解するわたしに敵うはずがないだろう。
「僕の場合は、なんというか、自分は障害者だとか、犯罪者の身内がいるとか。そんなことってわりとどうでもいいかなって思ってます。ですから、おしりのぽんぽんがない月読さんにしても、僕自身にしても、それで自分が違うものになるわけではないですし。弱者のふりをするつもりはありませんよ」お前みたいにな。
 とでも付けくわえてきそうな視線をわたしに送る。
 想定内。買う。
「では、あなたの自己認識は社会的弱者ではないと? そう言うのですか」
「ええ、別に僕はそういう認識はないですね」
「知的障害なのでしょう?」
「知能指数が低いって生きづらいですよ。月読さんにはわからないだろうけど。でも、僕はそのせいにして生きることはありません」お前みたいにな。
 いちいち遠回しに言ったあと、視線で悪口を告げる。
 クソガキめ。などとわたしの中の人格が怒りの感情ランプを点灯させる。
 こんな感情の機微も、本来なら理性をもってして制御するのが人間なのだが、わたしは少し違う。そもそも理性なんて、是非の判断に応じてふるいわけする思考に過ぎない。そんなチープなことをいちいちやらなければならない人間とは、難儀だが、面白い。あえてこの怒りに任して付き合ってみるのも一興よ。
「わたしは自分のことを社会的弱者だと思います。ポンナシというだけで、だれもわたしの話しを真面目に聞いてくれないですからね」あなたのように。
「そんなことはないですよ。僕は少なくとも月読さんの話しをしっかり聞いていますよ。そうやって自分の欠点のせいにする人って『自分は社会的弱者です。社会が守ってくれないと、わたしたち死んじゃいます』。ってな具合で他力本願に生きているようにしか思えない。僕なんて性的少数派ですし、母親殺しの父が身内ですし、知的障害ですよ? おしりのぽんぽんがないくらいで、悲観しなくてもいいんじゃないですか?」雑魚が。
「そうやってわたしと比較することに意味はあるの? 別にあなたの人生は辛いものだったと思うし、わたしのほうが辛かったなんて競うつもりもないのだけど」みじめだね。かわいそうに。
「そうですか」話になりませんね。
 収録スタジオが、冷淡な空気に包まれる。
 そして、とても人間的に武者震いしてしまう。月読の正義心からくるものか。それにしても、月読の自我の強さはすごい。神格での制御を超える。
「ところであなたは、おしりのぽんぽんがない人間を非難する団体に所属していると耳にしましたが、わたしのことをどう思っているのですか?」
 あまりに直接的過ぎる問いだったか、少し滞ってから彼は話し始めた。
「べつに、普通です」
 カスみたいな回答。たたみかける。
「なぜポンナシを非難するのですか? あなたの団体は何がしたいのですか?」
「別にそれを非難する団体ではないですよ。ただ、僕にはおしりのぽんぽんがありますからわかりますけど、あなたのような方々はわからないのでしょうね」
「ポンナシがそこまで醜いですか?」
 彼はくふっ、と噴き出して、小さく笑みを浮かべ馬鹿にしたような面持ちで言う。
「ええ、醜いですね。だって、おしりのぽんぽんがないってことは、何をよりどころに生きているのかわかりませんから。もはや植物と変わりませんよ。ああごめんなさい。今僕の言っていることもポンナシにはわからないでしょう」
 喧嘩を買った甲斐があった。ついに彼の本性が露わになった。
 しかしわかっていないのは彼のほうだ。神と同等なわたしはポンナシも、ポンアリも、そのどちらの心情も理解している。そして月読という、人間の情を深く洞察できる人間であればなおのこと。これは神をも凌駕する力。
「あなたはただの政治の道具です。その境遇を公表するまでタレントとしてもたいして売れていなかったでしょう。ポンコツな脳みそで理解できるかわかりませんがね、教えてあげましょう。なぜ人は個体差があるのですか。なぜ鳥は様々な種がいるのですか。その答えは神々がそう設計したからです。ですから優か劣か。そのふたつで判断するものではありません。時代が違えばその優劣は入れ替わるのです。あなたは知らないでしょうが、ポンナシにした戦士が活躍した時代もありました。復讐心から人殺しをした高校生もいました。人殺しはなぜダメですか。法律で規制されているからですか。そうです。現代は法を犯すことは禁忌とされていますし、犯した者にはそれ相応の罰が与えられます。古代ギリシャのポンナシ戦士たちは人殺しが生業でした。日本の辻斬もそうです。人殺しをすることが賞賛され、知力よりも武力のみが評価されたのです。しかし残念ながら現代では人殺しの能力はあまり評価されません。これは良いことですか、悪いことですか。もしくは醜いことですか。法律で規制されていなければ人殺しは認められますか。その判断におしりのぽんぽんを必要としますか。あなただって、みじめな生活は送りたくないですよね。だからそうやって自分の境遇で注目を集めてあらゆる欲を満たしている。そして自分に対して否定的な人間を視界から外して、自分の中で都合の良い世界へと作り替えている。あなたのような人間にポンナシを否定する権利はありません」
「なんだ。ただの神道信者じゃないですか。あと、人殺しはダメですよ。現代ではそれらを否定して、間違った人類史として残っているじゃないですか。それに、僕がなんと主張しようが、表現の自由という憲法がある以上、あなたにとやかく言われる筋合いないですよ」
「神道信者? わたしはポンナシで信仰ができないのに、……ですか。あと、表現の自由があるからといって、何を言っても良いということではないです。人殺しはダメだと言いましたね。例えばその表現の自由とやらで、ポンナシを言葉で傷つけて殺すことだってできる。あなたの主張は矛盾していますよ」
「あーあ、ポンナシはこれだから話しにならない」
 放送禁止用語を平然と織り交ぜて討論している。ここまでヒートアップすれば、もはや放送できないだろうし、わたしが彼のことを理解してあげることはできるだろうが、彼がわたしのことを理解することはできないだろう。
 人間とは、面白い。
 次は彼に転生してみようか。などと一瞬考えがよぎるが、彼に神と成れるだけの才はない。いや、もしかしたら破壊神になれる素質があるのかもしれないが。
「色々言ってしまったけど、わたしはあなたのような人だって共生できると思っている」
 しかし、この月読という人間。心から人間に差別のない世界を実現させたいと願っている。人間の個体差はおろか、あらゆる生物との調和。それを実現できると感じているし、変えるだけの素質を持っている。
 月読なら、ポンナシだとか、カラスだとか。そんなものを全て凌駕した新世界を創造できるかもしれない。
 わたしは確信した。
 それより、もう、限界かもしれない。あまりに強い月読の自我に、わたしの本来的な創造神ゲツドクとしての神格すら食われてしまいそうだ。
 悟ったわたしは、この身ごと天界に戻り、最高神テンテイにわたしの神としての素質を説明した。
 そして、最高神テンテイはこう言いました。
「月読という名ですか。では、そなたを創造神に任命しましょう。その名からとって『』。そう命名します」

(おわり)