信者と書いて「儲かる」とは、よくいったものだ
今、世の中で「稼いでいる」と言われている有名人たち。
その背景には、たいてい熱狂的な信者たちの存在がある。
だからこそ──
信者を作ることこそが、儲ける構造だとも言える。
少し昔を思い出してほしい。
世間を震撼させた「オウム真理教」。
地下鉄サリン事件をはじめ、数々の凶悪事件を起こしたあのカルト教団。
その頂点に立っていた死刑囚の男は、
今では“史上最悪の犯罪者”として語られる存在になっている。
──でも、もしも彼が別の時代に生まれていたら?
もしかしたら、歴史に名を刻むような「偉人」として扱われていた可能性もゼロじゃない。
(もちろん、カルト教団やその手法を肯定する気は一切ない)
けど、“人を惹きつける力”という意味では、
確かに一つの「能力」を持っていたと言わざるを得ない。
感情論を抜きにして、
こういう事例を冷静に俯瞰して見る力って、
実はめちゃくちゃ大事って俺は思ってる。
信じるのは自由だ。けど──
日本という国では「信仰の自由」が認められている。
誰を信じるか、何を信じるかは、その人自身の自由だ。
けど俺は言いたい。
信者にはなるな。
信者ってのは、信じてる人間の言葉を自分の頭で考えることなく、無条件に肯定する存在だ。
そんな人間を大量に集めて、
「儲ける構造」を築くこともできるだろう。
でも──
俺は、そういう構造で稼ぎたいとは思わない。
俺は、読み手に対して常に言ってる。
自分の頭で考えろ。
信じている相手の言葉でも、そのまま鵜呑みにするな。
「あの人が言ってるから正しい」じゃない。
「自分の中の正しさと照らして、それでも納得できるか?」を問い直せ。
“自分なりの正しさ”を持て。
それが、信者ではなく、思考する個として生きる道だと、俺は思ってる。
