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性善説 vs 性悪説という“思考停止”──人間は“どっちもある”存在だろ?


1. 性善説と性悪説。

どっちが正しい?って議論、もう飽きないか?

性善説か、性悪説か。
この問いに答えようとすること自体が、ちょっとズレてる気がしてならない。

人間ってそんな単純か?
「こっちが正しい」と決めつけようとする姿勢そのものが、もう“思考停止”なんじゃないか。


2. 善も悪も“対”で存在する

白があるのは、黒があるからだ。
光があるのは、闇があるからだ。

善と悪も、同じ。
どちらか片方だけでは成り立たない。

人間の中には、常に「どちらもある」。
それが前提なんじゃねぇか?


3. 赤ん坊は“無垢”じゃなく“未分化”

「人は生まれながらに善である」
って言うけど、赤ん坊って本当に善か?

泣いて、喚いて、欲しいものを欲しいだけ欲しがる。
あれって、善でも悪でもない。ただの“欲求”。

つまりあの状態は「無垢」じゃなく「未分化」。
善でも悪でもなく、分別がついてないってだけ。


4. 悪がなきゃ、生きられない

ズルをしなきゃ勝てない時がある。
嘘をつかなきゃ守れないものもある。
他人を蹴落とさなきゃ生き残れない場面もある。

それって“悪”か?

いや、生きるための“戦略”だ。
正義だけじゃ、生き残れない現実がある。


5. 自分の中の“物差し”を疑え

「それって悪いことじゃん」
その“物差し”、本当に自分で選んだか?

親に言われたこと。
学校で習ったこと。
社会に刷り込まれた常識。

それが自分の“正しさ”になってるなら、一度疑ってみた方がいい。

自分で考えて、自分で決めた“善悪”で生きる。
それが、本当の意味で“人として生きる”ってことじゃねぇのか。


6. 善でもあり、悪でもあるのが人間だ

人間は「善いもの」であってほしい──
そう願う気持ちはわかる。

でも現実は、善だけじゃ回らない。

だからこそ、人間には「善」も「悪」もあっていい。
その両方を抱えて生きてるからこそ、面白いんだよ。


「どっちなの?」じゃなく、
「どっちもあるよね」って受け止められるかどうか。

それが“人間”の本質だと、俺は思う。

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