異物であれ
小中高という学校教育の中で、
“協調性”という名の右へ倣えマインドを
植え付けられちまったら、
抜け出すのが怖くなる気持ちも分かる。
でも──
そんな中で抜きん出たいなら、
異物であるべきだ。
「出る杭は打たれる」
なんて言葉があるが、
異物はそもそも“杭”ですらない。
だから、打たれることもそうそうない。
けど──
もし打ってくる奴がいたら?
打ってきた奴は、それ以上に打ち返す。
その確固たるマインドを持って、
ひたすら“やるべきこと”を黙々と積み上げる。
これは、
「マイノリティ側に無理して逆張りしろ」
って話じゃない。
自分なりに考えろってことだ。
人の意見、多数派の声に流されるな。
「自分はどう考えるか?」
それを持てる奴が強い。
最初は不安になるかもしれない。
でもな、
その考え方が“板につく”ようになれば、
どんなことにも自分なりの視点を持てるようになる。
それが──
唯一無二の“あんたらしさ”を形成してくれる。
わざわざ大勢の人間がいる土俵で勝とうとする必要なんてない。
異物であれば、勝ちは確定する。
そして、
“価値”として間違いなく認識される。
