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チョコプラ松尾の件で思う謝罪が招く“逆転”現象

チョコプラ松尾の件を見て、俺が一番ゾッとしたのは「謝罪した瞬間に“素人”が勢いづいた」ことだ。
「あ、声を上げれば芸能人は頭を下げるんだ」──そう味をしめる。
この構図は、今のSNS社会でよくある“逆転”現象だと思う。
本来、笑いや表現を届ける側にいるはずの“玄人”が、
炎上を恐れて無難な発言しかできなくなる。
結果、面白いコンテンツも、突き刺さる言葉も減っていく。


玄人には“筋”を見せる責任がある

もちろん、顔と名前を晒している以上、軽率な発言は自覚すべきだ。
でも──そのうえで、筋を通すことはもっと大事だろう。
ビートたけしのフライデー襲撃後の会見が伝説になっているのは、
「暴力は悪い」と謝りつつも、
「愛する人間を守るための行動だった」と自分の考えを曲げなかったからだ。
「俺は俺なりの覚悟を持って行動した。それを受け入れられないなら潔く消える」
その一本通った姿勢が、人を納得させ、逆に信頼を生んだ。


“素人”と“玄人”の境界はもう曖昧

松尾の件を「芸能人と素人の問題」として片付けるのは簡単だが、
今は一般人もSNSで何万、何十万の人に届く発信をしている。
つまり、誰もが“発信者=玄人扱い”される世界にいる。
筋を通す覚悟は、特別な人だけのものじゃない。
顔と名前を晒しているかどうかに関係なく、
「言葉を投げた責任」をどう取るかが問われている時代なんだ。


筋を通す覚悟が世界を狭くしない

俺は、松尾が謝罪したことで一部の素人がつけあがる構図に疑問を持つ。
本音を語って、それで立場を失うのが怖いなら、
そもそも意見なんて言わない方がいい。
でも、それは発信の世界をつまらなくするだけだ。
玄人だろうが素人だろうが──
「これは俺の考えだ」と言える勇気と、
「受け入れられなければ潔く退く」という覚悟。
その“筋”こそが、これからの時代に一番必要なものなんじゃないかと思う。

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