真の平和とは何か──終戦80年、死者への応答として
※この声明は、あの戦争で亡くなった人々に向けて書かれたものである。
終戦80年の声明
日本はまもなく、終戦から80年を迎えようとしている。
この80年、日本は本当に平和だったのか。
私の答えは、否である。理由はこうである。
・いじめを苦に、自ら命を絶った子どもたちがおり、また、いじめで殺された子どもたちもいる。遺された親や友人は、今も苦しみ続けている。
・年間の自殺者が何十年も万単位という国に、自由や基本的人権、個人の尊重、平和があったと言えるのか。
・虐待、DV、ストーカー被害、ハラスメント、性暴力によって命や心を奪われた人々。命を奪われなかった多くの被害者も、今も苦しみ、人間不信や異性への恐怖を抱いて、懸命に生きている。
・いじめという校内暴力、ハラスメント、思想の違いによる差別・排除は、日本国憲法第13・14・19・20条の否定以外の何ものでもない。
・受験と、その合格のためだけの調教で心や人生を壊された人々。
・野放図な利益追求の陰で引き起こされた公害に、今も苦しむ人々。
・人間を有用性で測る視座によって傷つき、人生を奪われた人々。
これらを直視すれば、あの太平洋戦争が終わった後も、日本に平和はなかったことは明白である。この80年の「平和」は、まやかしであるというのは、言いすぎだろうか。
古の預言者エレミヤは次のように語っている。
彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して
平和がないのに、『平和、平和』と言う。
様々な暴力と調教によって、命・人生・心を壊されてきた人たちが無数にいるのに、「この80年は平和だった」と言うなら、それは彼らの痛みに目を瞑った偽りの平和の日々に過ぎまい。
いまだ戦時下の日本
今年も、各地で「平和への誓いを新たにする」という行事が行われるだろう。
私はこれを拒絶する。
今こそ、日本国憲法の真の精神を復活させる時ではないだろうか。
そのためには、偽りの平和を拒絶し、日本がいまだ戦時下の構造とメンタリティを保ち続けている現実を、直視する必要があるように思われてならない。
日本がいまだ戦時下の構造とメンタリティを保ち続けていることこそ、あの戦争で死んだ無数の死者たちへの冒涜だとすら、言えるだろう。にもかかわらず、「この80年は平和だった」と、死者に対して、言えるだろうか?私は言えない。
真の平和とは何か
真の平和とは、単に戦争がない状態ではない。
それは、すべての人が自由と尊厳を保障され、恐怖や抑圧の中で生きることを強いられない状態である。
そこでは、いじめも、差別も、構造的暴力も容認されず、権力は人間の尊厳を守るために用いられる。
個人は「役に立つか否か」ではなく、存在そのものとして尊重される。
憲法が掲げる基本的人権の保障、個人の尊重、思想・良心・信教の自由は、平和と不可分であり、それら全ての実現こそが平和構築の核心である。
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