ショートショート|直木賞は個室から。
「普段はトイレの中で執筆をしています。今回直木三十五賞をいただいたこの本も、トイレの中で誕生しました。」
小説家として5年。界隈ではまだまだひよっこのわたしは、直木賞と芥川賞の違いも知らず、三十五って何?と大変失礼な言動を取り、あれよあれよとここまで流れ着いた。辿り着いたというより、流れに乗っていたらついてしまった、という感覚に近い。
noteで趣味として投稿していたものが、ある編集者の目にとまり、本が出版され、重版されるまで、F1カーが目の前を通り過ぎるが如く。
わたしは今、直木三十五賞授賞式の壇上にいる。
そして目の前にはカメラがたくさんあって、わたしを映している。群馬に住むわたしの両親は見ているだろうか?両親に報告することもできないくらいのスピードで、わたしはこの賞を手にした。
そして母は父と一緒に「あの子変なこと言わないかしら…」とソワソワしていると思う。
ちゃんと変なこと言ってるから心配は無用だ。
そしてインタービューで、この本について聞かれた。
「執筆は基本トイレでしています。」
会場が止まる。時空が止まるってこういうこと?と錯覚を起こすほど。人が一斉に止まる。ピタッ。
カメラマンがフラッシュを切る手に戸惑いが生まれるのを確認し、司会者が1秒だけ目を泳がせるのもちゃんと横目で見た。そしてお世話になった編集者は、天を仰いでいる。
「…と、いいますと??」
「はい。ええっと、落ち着くんです。あそこだけ、誰にも邪魔されない空間なので。自分にも邪魔されないって言うか…」
正直すぎる。無駄に正直だ。そして浅い。驚愕の浅瀬。
「…ありがとうございます。では、特にアイデアが浮かぶ瞬間というのは?」
というのはってやめて欲しい。
IPPONグランプリかと思って、何かおもろいこと言わなきゃいけないように感じちゃうから、芸人にさせないでほしい。
「大体は、座ってから3分以内です。」
編集者がわたしの本で顔を覆っている。
ごめん。まじでごめん。苦手だって言ったやん。ほらみろだからこんな奴の本出す方が悪いぞ?
そしておそらく群馬の実家では、
「ほらみろ。言ったこっちゃない。」
私は壇上で本を持ちながら思う。
手汗やばい。
いいやでも。高尚だと言われている文学がトイレで生まれたっていいじゃないか。太宰治もトイレしたことあるじゃん絶対。ぼっとんトイレだったらまた話が別だけどさ。
トイレで生まれる文学があってもいいじゃないか。
「最後に一言お願いします。」
マイクを握り直す。
そしてまっすぐと前を向き
「人は皆、個室を持っています。そして便意も。」
会場がざわつく。
編集者はもういない。
「そこは最も平等な創作空間です。」
一瞬の沈黙。
そしてなぜか起こる拍手。
誰よりも困惑しているのは、多分わたしだ。
