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エッセイ|共犯者の皆様へ。


過去数回に渡り、うんこについて永遠と語っていたことをここに懺悔したい。

私の記事には必ず便意やら、うんこやら、放屁やら。まるで小学3年生が書いた作文みたいだ。いや、小学生どころの話じゃ済まないかもしれない。

幼稚園年中さんレベル。

わたしの脳内は年中さんで止まっていたらしい。
かつて、このnoteを始めたときは、なんかポエムみたいな人を励ますような言葉を綴り、少しでも元気のない人が元気になってくれたらいいなと、素晴らしい心を持っていた。

いつからか、わたしは便意に汚染されていた。

だがしかし、画面の前のあなたは、わたしのうんこ記事にスキを押している。そして遠隔でわたしを興奮させている。

共犯だ。

犯罪を自供するときは必ずフォロワーさんとスキを押してくださったあなたたちも道連れだ。

と、なんのはなしですか?となるのだが、まごうことなきなんのはなしですか?なのである。

そろそろ便意ネタを封印しようと思っているが、noteを書き始めると必ず“べ”という文字を打っている。

この悪い親指め!!お前も便意の回し者なのか!お前が悪の根源なのか!と、親指を痛めつけたくなる気持ちを抑え、わたしはここまで何も意味のないことを書き連ねている。

そしてそれをあなたは読んでいる。

物好きさんめ。

そんなあなたはわたしの感性に共感し、タイトルを見てわたしの記事を開き、便意について読まされている。

かわいそうに。

本当に懺悔からのスライディング土下座。膝小僧擦りむいてこれもまた年中さんである。

ただ、便意というのはかなり話題性があるようだ。記事が伸びる伸びる。スキが増える増える。
ありがたいことだが、わたしはふと不安になる。

年中さん多い?

いや、あなたの中の年中さんを私が呼び覚ましてしまっているのかもしれない。そして年中さん多い?が驚愕のうざさ。
潜在的な便意に対する気持ちを掘り返しているのはこのわたしなのかもしれない。

便意の潜在的ニーズに気づき、明日もちゃんと便意についてうんこについて、記事を作っていきたいと、ここトイレで思うた。

うんこを高尚なものにすべく、わたしは便意について勉強をしていきたいとすら思う。
切っても離せぬ生理現象、潜在的ニーズ。
論文を書くには揃いすぎている。

そして人は、高尚な言葉よりも、安心できる低さに集まるのかもしれない。

便意は平等だ。
大統領も、富豪も、社長も、恋人も、フォロワーも、みんな持つ。

だからわたしは今日も、便意を書く。

あなたがスキを押すから。
あなたの中の年中さんが、きっと微笑むから。

読んでくれて、ありがとう。
共犯でいてくれて、ありがとう。

#なんのはなしですか


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