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【天国と地獄】あらすじ・感想(三幕構成で読み解く)

#ネタバレ

結末まで語るので、本編を未見の方にはブラウザバックを推奨します。

登場人物
権藤金吾(三船敏郎):大富豪。大手靴メーカーの重役社員。職人肌。
権藤伶子(香川京子):権藤の妻。裕福な家庭で育った箱入り娘。
河西(三橋達也):権藤の秘書。権藤と敵対する重役らに懐柔される。
青木(佐田豊):権藤付きの社用車運転手。進一の父親。
戸倉警部(仲代達矢):誘拐事件の捜査担当主任。冷静沈着。
竹内銀次郎(山崎努):誘拐事件の犯人。貧しい環境に暮らす研修医。

監督:黒澤明
1963年製作/143分/日本
配給:東宝
劇場公開日:1963年3月1日

まずは、物語を三幕8場構成に分解します。

一幕
 一場:状況説明
 二場:目的の設定
二幕
 三場:一番低い障害
 四場:二番目に低い障害
 五場:状況の再整備
 六場:一番高い障害
三幕
 七場:真のクライマックス
 八場:すべての結末

参考:ハリウッド式三幕八場構成

この映画の上映時間は143分ですが、問題の誘拐事件は被害者視点で描かれるも一度61分で区切りとなり、後半の82分は警察視点で犯人逮捕までのストーリーが描かれるので、完全な二部構成だと言えます。

第一部、一幕

1-1-1:状況:権藤が会社の重役達と喧嘩別れする。それは重役達の経営方針が誠実な商売ではないからでもあったが、実は権藤は密かに自社株を買い集めて会社を買収する計画が完了目前だったからでもあった。権藤は自宅も抵当に入れて残された全財産の5,000万円の小切手を明日までに河西に持参させて、これで会社の買収は完了する算段である。

1-1-2:目的:犯人から権藤の息子を誘拐したと電話が掛かってくる。しかし誘拐されたのは息子ではなくて一緒に遊んでいた進一(運転手青木の息子)だったと判明する。一度は3,000万円の身代金を支払うつもりだった権藤だが、人違いではそんな大金を要求できまいと考えて、あっさり警察に任せる意向を固める。

第一部、二幕

1-2-3:障害:権藤の屋敷に警察が来る。犯人は人違いに気づいたが、権藤への身代金要求を取り下げなかった。青木や伶子から懇願されるが、権藤の支払いを拒否する意志は固い。しかし悩む権藤は河西に大阪へ小切手を届けるのを一度朝まで保留する。

1-2-4:障害:翌朝、昨夜の権藤の煮え切らない態度を見て河西は保身のために裏切ったことを宣言する。身代金を払うように伶子から再度懇願されて、権藤は伶子を説教する。

1-2-5:状況:警察は権藤の生活を守る義務があると説明して、ただし時間稼ぎのために犯人に「金を払う意思がある」と嘘をつくように権藤に依頼し、青木もそれで良いと納得する。しかし、権藤は金を払う覚悟を決めて、銀行に現金を用意させる。

1-2-6:障害:犯人から身代金の受け渡し場所に特急こだまを指定されて、警察チームは対処方法を検討する。元靴職人の権藤は自身の手で、警察が提案した『仕掛け』を鞄に細工する。

第一部、三幕

1-3-7:佳境:特急こだまの車内電話で権藤は身代金のドロップ方法を指示される。酒匂川の鉄橋で進一の姿を目視した権藤は、犯人の指示通りに鞄を車内洗面所の窓から投げ捨てる。高速で走る電車の中から、警察は犯人を写真と8ミリフィルム動画に押さえることしか出来なかった。

1-3-8:結末:権藤は鉄橋に取り残された真一と無事に再会する。警察チームは権藤の想いに応えるべく、改めて犯人逮捕を強く決意する。

第二部、一幕

2-1-1:状況:警察の粘り強い捜査は続く。犯人はほとぼりが冷めるまで権藤の屋敷が見える貧困街のアパートで相変わらず貧しく暮らしている。権藤は新聞で大きく報道されて英雄視される。

2-1-2:目的:警察チームは権藤が債権者から厳しく追及される場面に居合わせて、ますます焦る。署内の全勢力を動員して、誘拐犯の検挙を目指す。

第二部、二幕

2-2-3:障害:警察チームは誘拐に使用された盗難車を発見する。更に進一の証言や電話録音から、進一が監禁されていたのは江ノ電沿線だと突き止める。

2-2-4:障害:強い罪悪感を感じていた青木は進一を連れて藤沢近辺を自主的に捜査するという危険を冒してしまう。運よく警察チームが合流できたところで、犯人グループの隠れ家を発見するが、共犯者と思しき男女二人組はすでに不審死していた。

2-2-5:状況:死因はヘロインの過剰摂取であった。警察は鞄の詳細情報や、共犯者が死亡してないと思わせる情報を記者発表して、報道を通じて犯人を動揺させる。新聞を読んだ犯人は慌てて鞄を処分するが、権藤が仕込んでおいた牡丹色の煙が焼却場から立ち上り、警察チームは聞き込み調査の末に、犯人を研修医の竹内銀次郎だと特定する。

2-2-6:障害:権藤が社会的な窮地に追い込まれて『事実上の終身刑』に遭っていることに鑑みて、警察は竹内をより凶悪な罪状で逮捕するために尾行して様子を見る。竹内は横浜の麻薬街で高純度ヘロインの致死性を確かめるために、適当な麻薬中毒者を選んで殺す。

第二部、三幕

2-3-7:佳境:警察は竹内が共犯者を殺すために隠れ家に現れたところを現行犯逮捕する。かくして身代金はほぼ全額権藤に返還されたが、すでに権藤は会社を追い出され、多額の借金を抱えて動産執行された後だった。

2-3-8:結末:数年後に竹内の上告が棄却されて死刑が確定した。竹内は最期に権藤との面会を希望する。気丈に振る舞おうとする竹内だったが、権藤から思いがけず優しい言葉を掛けられて、迫りくる死への恐怖に発狂して面会は強制終了される。

FIN

▼解説・感想:

第一部のラストで権藤が進一に駆け寄るときに、この映画で初めて高らかなラッパのファンファーレが吹かれます。それがバトンタッチの宣言でもあり、警察チームが主人公となる第二部が始まります。あまりにも華麗ですね。このファンファーレはここから先、警察チームの捜査に何か大きな前進があった時にも毎回流れます。なんて粋な演出でしょうか!

1-1-1:状況:権藤の危うい財政状況の説明。
1-1-2:目的:奇特な誘拐事件と身代金要求の提示。
1-2-3:障害:身代金への対応に葛藤する権藤。
1-2-4:障害:部下にも家族にも対立して追い込まれる権藤。
1-2-5:状況:警察と青木が一歩退いたことで逆に漢気を見せる権藤。
1-2-6:障害:トリッキーな身代金の受け渡し場所の提示と対策会議。
1-3-7:佳境:特急こだまを使用した常軌を逸した身代金受け渡し。
1-3-8:結末:進一を取り戻す権藤;警察は決意を新たにする。

2-1-1:状況:新聞で英雄視される権藤と、まだ検挙されてない犯人。
2-1-2:目的:権藤の社会的に救うべく警察チームは捜査に邁進する。
2-2-3:障害:盗難車の発見と、江ノ電の特定。
2-2-4:障害:青木の独自捜査と、共犯者の不審死。
2-2-5:状況:警察は粘り強い捜査の末に、犯人を竹内だと特定する。
2-2-6:障害:警察の尾行中に竹内は新たに殺人を犯す。
2-3-7:佳境:警察は竹内を逮捕する;権藤は動産執行される。
2-3-8:結末:竹内の死刑が確定し、権藤は竹内と面会する。

美しい物語構成ですね〜。

■権藤の決断

なぜ権藤は身代金を払うべきか途中で意見を変えたのか?

色々な要因があると思います。

①根は優しい人だから。これは日本人の観客には一番好まれる解釈なのではないでしょうか。権藤は最初は冷酷なことを言っていたけど、本当は他人の子供でも命を救いたくなるような、いい人だったんだ、三船敏郎が演じる役柄なんだからそうに違いない!と。第二部で工場の従業員から信頼されていた証言も出てきますしね。この権藤性善説は、これはこれで一理あると思いますけど、私はそれだけじゃないと思います。

②部下に裏切られて会社の買収が不可能になったから。これは少々ドライですけど一番合理的な解釈ですね。手元に残していた最後の5,000万円も従来の用途では使えなくなったので、それならば進一の命を保障する3,000万円に回そうという算段です。権藤が優秀なビジネスマンなら当然これは計算していたはずです。

③警察と青木が一歩退いたから。個人的には権藤の心情的に一番大きいのはこれじゃないかしらと思われます。押してダメなら引いてみろ、って心理学の手法ですね。進一はきっと自力で抜け出してくるさと苦しまぎれに言う青木のしおらしい態度を見て、権藤は良心の呵責が大きくなったのでしょう。

④嘘をつきたくなかったから。これも大きいと思います。権藤は頑固で野心的で気性こそ激しいですが、商売では常に誠実でありたい男として描かれています。そんな権藤に「時間稼ぎのために嘘でも良いから金を払うと言ってくれ」と頼まれてしまっては、たとえ凶悪な誘拐犯が相手でも、権藤は相手を騙すような嘘をつきたくなかったのではないでしょうか。会社の重役たちを相手に出し抜くようなことがあっても、嘘はついてなかったですよね。もしくは、嘘の返答で進一の生命を弄ぶような真似をしたくなかったのではないか、と私は思います。

このように、権藤の複雑な状況と、強烈な葛藤を通して描かれるヒューマニティが大変魅力的な映画だと思います。

■ビジュアル

こうして物語を書き出すだけでも、それなりに面白い脚本ですが、なんといっても黒澤映画なので一番面白いのはビジュアルです。

とにかく脚本や物語を完璧に表している構図(カメラ位置と役者の立ち回り)が絶品なのです。まだ観てないけどこのnoteを読んでいる奇特な人は今すぐ購入なりレンタルなりして、映画本編を鑑賞してください。

>How Kurosawa Creates Perfect Blocking
>https://youtu.be/EvOiAK9cBjk
>How Kurosawa Creates Perfect Blocking
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英語音声ですが、上記の動画は非常に優れた解説でした。

■映画の中の映画

本作で非常に面白いと私が感じたのは、第一部のクライマックスの鉄橋シーンで、警察が動画撮影している場面です。

1963年当時は現在のようにスマホで誰でも動画撮影ができるものではないのは当たり前として、まだ8ミリビデオカメラもほとんど普及していない時代でした。そうした前提条件で、走る特急列車の運転席から身を隠してカメラを構える警察チームの画というか、そういう準備をして臨んだという点は非常に面白いです。

まさに映画を作っている人達だからこそわかる映画を撮る面白さやスリルや緊張感が、あの短いシーケンスには詰まっていて、この映画をより一層特別な作品にしていると思います。

(了)

クライテリオン版のジャケット

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