日本人の物語00120【人代前期】13代成務天皇
景行天皇60(130)年11月7日。景行天皇は崩御しました。
景行天皇についての事績はこれで終わりです。ほとんどヤマトタケルの話ばかりで、景行天皇がどんなふうに国を治めていたのかを窺わせる記述はほとんどありません。
成務天皇元(131)年1月5日に、景行天皇の第四子でヤマトタケルの弟にあたる成務天皇が即位します。ヤマトタケルは天皇に即位することなく死去してしまい、これまで全く登場しなかった弟が即位するわけですね。
さて、その成務天皇についてもほとんど事績が書かれていません。武内宿禰(たけうちのすくね又はたけのうちのすくね)を大臣(おおおみ)に任命したことと、国々の境界を定めたことが記述されているだけです。それぞれについて、簡単に紹介しておきましょう。
まず、武内宿禰は、280歳(一説には312歳)まで生きたという伝説の人物で、これから何度か登場することになります。大和国と河内国を結ぶ「竹内街道」というのがあり、府県境のあたりに「竹内峠」がありますが、武内宿禰はその竹内峠の出身と言われています。竹内街道は日本最古の街道とも呼ばれ、大阪湾に面する難波港から首都であった大和まで、物流を支えた街道であったと考えられます。
竹内峠と言えば司馬遼太郎が幼少期を過ごした場所としても有名ですが、司馬遼太郎の叔父が陸軍少尉になって村へ帰ってきたとき、村の物知りが「わが竹内から位階勲等がついた者が出たのは武内宿禰以来、あなたが二番目である」と言ったとか。この地域には武内宿禰と司馬遼太郎以外に著名な出身者はいないということなのでしょう。現在、竹内峠には太子町立竹内街道歴史資料館があり、最古の街道と呼ばれる竹内街道の名残を伝えています。
さて、もう一つの業績である「国々の境界を定めた」というのは、極めて重要なことです。古代の行政区画として知られているものの一覧を以下に掲げます。
【東北】陸奥・出羽
【関東】下野・上野・常陸・安房・上総・下総・武蔵・相模
【中部】信濃・飛騨・美濃・若狭・越前・加賀・能登・越中・越後・佐渡・甲斐・伊豆・駿河・遠江・三河・尾張
【近畿】摂津・河内・和泉・山城・大和・近江・伊勢・伊賀・志摩・丹波・丹後・但馬・播磨・紀伊・淡路
【中国】因幡・伯耆・出雲・石見・隠岐・美作・備前・備中・備後・安芸・周防・長門
【四国】阿波・讃岐・伊予・土佐
【九州】豊前・豊後・筑前・筑後・壱岐・対馬・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩
我々が「旧国名」と呼んでいるこれらの国々の境界は、成務天皇の時代に定められたものだというのです。おそらく史実としては飛鳥時代後期であろうと考えられていますが、記紀はこれを成務天皇の功績と記しています。
