日本人の物語00098【神代】ウガヤフキアエズの誕生
トヨタマヒメが産屋に籠もって出産している間、ホオリは気になって仕方がありません。ついに戸を開けて中を覗いてしまいます。すると、そこにいたのは這ってうねっている和邇(わに)の姿でした。現代でいうところのサメです。つまりトヨタマヒメの正体はサメだったのです。驚いたホオリは逃げ出してしまいました。
トヨタマヒメは覗かれたことを恥じ、子を産み終えると海に帰っていってしまいました。
さて、その産んだ子の名を「ウガヤフキアエズ(鵜葺草葺不合)」と言います。屋根を葺く前に生まれたという意味の名前ですね。こんな安易な名づけ方で良いのでしょうか。
このトヨタマヒメがウガヤフキアエズを出産したとされる地に、鵜戸神宮(うどじんぐう)が建てられています。現在の宮崎県日南市にある神社で、祭神はウガヤフキアエズです。
鵜戸神宮は今や宮崎県を代表する観光スポットです。海辺の崖っぷちに建つ神社で、亀石と呼ばれる岩に穴があいていて、そこに粘土を丸めた「運玉(うんぎょく)」を投げ入れると願いが叶うといわれています。男性は左手、女性は右手で投げなければならないとのことで、右利きの男性や左利きの女性は苦労するようです。10個投げればやっと1個入るくらいとのこと。なかなか良い商売だなとおもうのですが、運玉は5個100円とのことで、割と良心的な価格設定のように思えます。
さて、ホオリはそれから、高千穂宮に580年間住んだ後、死んだと伝えられています。墓は鹿児島県霧島市の「高屋山上陵(たかやのやまのえのみささぎ)」です。ニニギのせいで神々にも寿命ができたので、ニニギ以降の子孫にはちゃんと墓があるのですね。
ウガヤフキアエズはその後、トヨタマヒメの妹であるタマヨリヒメ(玉依毘売)を娶りました。タマヨリヒメは4人の子を産みます。
・イツセ(五瀬)
・イナヒ(稲氷)
・ミケヌ(御毛沼)
・イワレビコ(伊波礼毘古)
この末子のイワレビコこそが、後の神武天皇です。ウガヤフキアエズについてのエピソードはこれだけです。ニニギに比べてずいぶん少ないですね。
さて、ホオリはトヨタマヒメを娶り、ウガヤフキアエズはタマヨリヒメを娶りました。どちらも海の神であるワダツミの娘です。つまり、天つ神の家系が、山の神に続いて海の神の血筋も含むこととなったといえます。天皇家が、自然界の力を次々と取り込んでいることを示唆するストーリーといえますね。
これまで紹介してきたニニギ、ホオリ、ウガヤフキアエズの3代を「日向三代(ひむかさんだい)」といいます。日向国(宮崎県)で活動していた3代というわけですね。
ウガヤフキアエズの子、神武天皇の代において、天皇家は日向(宮崎県)から大和(奈良県)へと移っていくことになります。
