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日本人の物語01196【南北朝末期】足利氏満の性格

氏満の個性を伝える数少ないエピソードです。といっても後世の創作っぽいですが。

 本章を終える前に、「康暦の政変」に関わった2代鎌倉公方・氏満についてより詳しく紹介しておきましょう。
 幕府への反逆を企てた氏満は、どうも初代基氏に比べると粗忽でわがままな人物のように見えますが、説話集『塵塚物語』はそれと異なり思慮深く人間味のある氏満像を伝えてくれています。
 その話によると、氏満はひどく酒を好み、側近のみならず身分の低い者も集めてたびたび無礼講を開いていたといいます。酒好きな連中はいつも喜んでこれに参加していました。
 あるとき宴で氏満は
「天子も、将軍も、私も人である。その私に仕えるお前たちも人である。知恵にかけてはお前たちは私より上であろう」
と部下たちを褒めつつ、さらにこう続けました。
「いつも卑しい身分の者の生活を細やかに見ていると、卑しい者ほど深く思いやりたくなるものだ。書物を読むだけでは思いやりは湧いてくるものではない。実際に目で見て、直接話を聞かなければならぬ。たまには主人と家来を入れ替えてみると良いのではないか」
 氏満は卑しい者の生活を知り、思いやりたいという気持ちを持っているようです。これに対して森元信光(もりもとのぶみつ)という者が進み出て、こう答えました。
「これはもったいないお言葉です。上あっての下であります。立派な主君は知恵はなくて良いのです。かえって知恵があると家来としてはやりづらく、民にとっても煩わしいものでございます。下の者は草むらの露に命をつないでいる虫のようなもので、天から降りてくる露をなめたりして生きております。もし上からの恵みがなければ生きていけません。主君はどうか公平であり続け、情けをお持ちでいてください」
 氏満の話と少し論点がずれているような気もしますし、そもそも主君に「知恵はなくて良い」とは舐めた発言のようにも思えます。周囲の者は汗をかいて
「無用の長話をする奴め」
などと思っていましたが、話が終わると氏満は上機嫌で
「今の例え話は時宜にかなっていて非常に面白い。よくぞ申した」
と述べて森元信光に褒美を与えました。
 初代基氏が、叔父の直義に私淑して酒を好まず自らを厳しく律したのとは対照的に、2代氏満は酒を好み連日宴会を催していたようですが、このように無礼講で周囲に気を遣わせず、気さくに接していたようです。もちろん、室町後期に作られた説話集のエピソードですから割り引いて捉える必要はありますが、氏満の人間的な魅力がよく分かるお話です。

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