日本人の物語00106【人代前期】2代綏靖天皇*
神武天皇76(B.C.585)年に、神武天皇は崩御しました。享年は、日本書紀によると126歳、古事記によると137歳です。昔の天皇はずいぶん長生きですねえ。
ちなみに、古代においては半年ごとに歳を取ると考え、1年で2歳と数えるという説があります。その説を採れば126歳は63歳、137歳は68歳半となりますので、不合理ではないといえます。まあこれも疑わしいと思いますが。
神武天皇の墓は畝傍山(うねびやま)の北方です。橿原神宮から歩いて行ける距離にありますので、参拝の際には足を伸ばしてみるとよいでしょう。
さて、神武天皇の崩御によって跡継ぎをめぐる争いが起こります。神武天皇が日向にいたときに産まれた長男タギシミミが、なんと皇后のイスズヒメを強引に妻にしてしまったのです。
タギシミミから見ると、父の後妻を自らの妻にしてしまうわけで、現代に生きる我々から見るとひどく非常識なことに思えますよね。当時としては、天皇の死後にその妻を我が物としてしまうことは、言わば天皇の後継者を自認することと等しい行為だったようです。タギシミミは、自ら後継者を名乗ったということでしょう。
タギシミミは、さらに神武天皇と皇后の間に産まれた3人の子を亡き者にしようと謀略をめぐらします。イスズヒメは悩み苦しみ、3人の子に対して危難を知らせる手紙を書きました。
3人の子らは驚き、
「かくなる上はタギシミミを殺すしかない」
と考えました。三男のカムヌナカワミミが、次男のカムヤイミミに対して、
「兄上がタギシミミを殺してください」
と言います。
カムヤイミミが武器をもって臨みますが、手がブルブルと震えて殺すことができません。やむなく三男カムヌナカワミミが武器を受け取ってタギシミミを殺しました。
カムヤイミミはカムヌナカワミミに、
「私は殺せなかったが、あなたは見事に殺した。私の方が兄ではあるが、天皇位はあなたが継ぎなさい。私はあなたを助け、仕えましょう」
と言いました。勇敢に敵を倒した者こそ、天皇になるのがふさわしいというのです。
かくして三男カムヌナカワミミが、第2代綏靖天皇として即位するのです。
ここでもまた、3人いる男子のうち末子が天皇位を相続しています。やはり古事記では末子相続が原則なのですね。

