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日本人の物語00255【平安前期】最澄と空海 泰範の離別状

 泰範が最澄に宛てた返信は、次のようなものでした。
 最初に、長く返信をしなかったことについて丁寧に謝罪した上で、本論に入ります。
「法華も真言も優劣がないという高説がございましたが、私は大豆と麦との区別すら見分けが付かないほど愚かな者で、玉と石を判別することなどできません。しかし、あえて私の意見を記してみたいと思います」
 もったいぶった前置きをした上で、いよいよ最澄に喧嘩を売り始めます。
「仏は、聞く者の素質や能力に応じて教えを説いています。つまり、教え導く方法は様々です。(中略)多くの教えは、仏法による便宜上の仮の教えであり、真の教えと区別しづらいものです」
 仏の教えは様々だと言いながらも、「真の教え」「仮の教え」という概念を持ち出して、その優劣があるのだということを示唆しています。
「本物の仏の教えと、教える対象に応じて変化させながら導く教えというものは、厳然と区別されるものと思います。私は本物の仏の教えに根拠をおく真言密教の醍醐味に魅せられ夢中になっています。そのため、他の様々な教えを賞味する暇がありません」
 いよいよ、泰範の本音が明らかとなる部分です。泰範は、空海の教えこそが「本物の仏の教え」であり、最澄率いる天台宗は「仮の教え」に過ぎないということを述べています。かつての師匠に対して、まるで喧嘩を売るような内容です。
「一緒に衆生を救済しようとお誘いを頂きましたが、私はまず自ら修行を積む必要があると思っています。今はまだ、他者を救済することなどとても出来る状況ではありません。衆生を救済する利他のことは、全てあなた様にお譲りいたしたいと思います。あなた様の恩義や真心は忘れることはありません」
 最澄に対し、別れの挨拶をしている部分です。
 以上が、泰範が最澄に宛てた手紙なのですが、驚くべきことに、空海の遺稿を集めた『性霊集』において、この泰範の返信は空海の文章として取り上げられています。つまり、空海が泰範の返信を代筆したと考えられるのです。おそらく空海は、手紙一つで貴重な経典を何度も借用しようとする最澄に怒り、泰範が書くべき返信を自ら代筆したのでしょう。
 最澄と空海は何度も手紙をやり取りしていますから、最澄は空海の筆跡をよく知っているはずです。つまり、空海が代筆したことを最澄はすぐに見抜けるはずなのです。空海はそれを理解した上で、あえて泰範の手紙を代筆したのかもしれません。
 この書状を受け取った最澄は、もはや泰範を取り戻すことを諦めました。最澄と空海との7年に及んだ交流は、この書状をもって破局を迎えたのです。

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