日本人の物語00877【建武期】大森彦七の伝説
さて、湊川の戦いには長い余談があります。湊川の戦いで足利方として戦った大森彦七(おおもりひこしち)が体験したとされる不思議な伝説です。
湊川の戦いから6年後の興国3/暦応5(1342)年の春のこと。湊川での活躍で伊予国(愛媛県)の所領を拝領した大森彦七が山道を歩いていると、年頃の女が月を眺めてひとり佇んでいました。女は彦七に「道に迷って困っております」と話しかけて来ます。彦七は怪しみながらも女を案内し、さらに女が歩きづらそうにしているのを見て背負ってあげました。
半町ばかり歩いたところで、女はたちまち八尺(約2.4メートル)の鬼に変身しました。彦七は驚いて鬼を振り落とそうとしますが、鬼は熊のような手で彦七の髪を掴みます。彦七は深田の中へ転んで仲間を呼び、仲間が刀を持って駆け寄ってくると化け物は消え失せてしまいました。
さらに数日後、彦七が仲間と猿楽を楽しんでいると、遥か海上から数百もの光が現れました。近づいてきたのは、なんと恐ろしげな鬼のような者と鎧を着けた兵たちです。見ている者は皆肝を冷やしました。
鬼は海上から大声で自らが楠木正成であると名乗り、
「大森殿に申すべきことあって、私が参った次第である」
と呼びかけてきました。彦七が「何用か」と訊ねると、正成の霊とみられるその鬼は
「この正成は帝の世を取り戻すため、お前が腰に差しておる刀を必要としている。知っておるか。その刀は平家が壇ノ浦で滅んだとき、海底に沈んで百余年を経た後にたまたま猟師の綱に懸かり、お前のもとへやって来た刀なのだ。この刀さえ得られれば、尊氏から政権を奪うことなどたやすいことだ。すぐに引き渡せ」
と言うのです。彦七は気丈にも、
「さては以前、女に化けて私を騙そうとしたのはお前か。どんな財宝であっても惜しくはないが、この刀を欲しがる理由が将軍の世を滅ぼすためと聞いたからには、やるわけにいかぬ。武士の本懐は義をなすことだ。たとえこの身を裂かれても渡すわけにいかぬ。帰られよ」
と言って相手をじっと睨みました。正成は怒った口調で、
「何と言おうが、最後には取ってやるぞ」
と罵って飛び去っていきました。以上が『太平記』に伝わる伝説です。
なお、後世にはこのエピソードが脚色されて『大森彦七』という歌舞伎劇ができました。
伊予松山の山中で、正成の娘・千早姫(ちはやひめ)が父の仇を討つべく、鬼女の面をかぶって彦七を襲います。彦七は千早姫への同情から、楠木家に伝わる宝剣・菊水を返却して立ち去らせるというストーリーで、大いに人気を博しました。
こうした創作がなされるのは、彦七が領民から慕われていた証拠でしょう。現在、愛媛県砥部町(とべちょう)には大森彦七の供養塔があり、今も地元の人たちに親しまれています。
