日本人の物語00096【神代】トヨタマヒメとの結婚
ホオリは小舟でワダツミの宮殿へとやって来ました。言われたとおりに桂の木の上に座っていると、宮殿で働く侍女が現れました。ワダツミの娘、トヨタマヒメ(豊玉毘売)に仕える侍女です。
侍女が井戸で水を汲もうとすると、井戸の水面に人影が映っていたのでふと見上げると、木の上にホオリの姿が見えました。侍女がトヨタマヒメの部屋に戻って、外に麗しい男神がいると伝えると、トヨタマヒメは外に出て、ホオリと目を合わせました。このとき2人はすぐに恋に落ちました。このときの様子を描いたのが、青木繁(あおきしげる:1882~1911)の『わだつみのいろこの宮』という明治40(1907)年の絵画です。
さて、アマテラスの子孫が訪れて来たと知ったワダツミは、ご馳走を用意してホオリを迎え入れ、さっそくトヨタマヒメと結婚させました。このあたり、展開が速いですね。
それからホオリは三年の間、ワダツミの宮殿に住み続けました。幸せな結婚生活のうちに、当初の目的を完全に忘れてしまったようです。
三年後、ホオリは宮殿で兄の釣り針の件を思い出し、大きなため息をついていました。ホオリの様子を心配したワダツミが理由を尋ねます。全ての事情を聞いたワダツミは、小さな魚から大きな魚まで、海じゅうの魚を呼び集めて、「この中で釣り針を見た者はいるか?」と尋ねました。
魚たちの中に、「この頃、鯛が喉に何か刺さって物を食べられないと嘆いていた」と言う者がいました。そこで鯛を呼び寄せて喉を見てみると、確かに釣り針が刺さっていました。紛れもなくホデリのものです。ワダツミはこれを取り出して洗い清め、ホオリに手渡しました。
ワダツミは釣り針を手渡しながらこう言います。
「この釣り針をお兄さんに渡すとき、『この釣り針は心のふさがる釣り針。心のたけり狂う釣り針。貧乏な釣り針。愚かな釣り針』と言って、後ろ向きに渡しなさい。そうすれば、三年の間に必ずお兄さんは貧しくなるでしょう」
これはちょっと理解しづらい部分ですね。
日本神道を貫く「言霊(ことだま)」という概念があります。言葉にしたことが何らかの霊力をもって実現するという思想です。呪いの言葉をかけながら釣り針を返すことによって、兄に災難を振りかけることができるということです。
また、後ろ向きに渡すというのも呪いの一種ですね。「本来の作法と逆のことをやると不吉な呪いとなる」というのも神道によく見られる伝承です。
ワダツミはさらに
「もしお兄さんと争いが起こったら、塩盈珠(しおみつたま)と塩乾珠(しおふるたま)を使いなさい」
と言って2つの珠を渡してくれました。これをどう使うのかは、この後明らかになります。
