日本人の物語00216【奈良】吉備真備の伝説
右大臣となった橘諸兄は、吉備真備と玄昉を補佐役として重用しました。吉備真備は皇太子・阿倍内親王の教育係となりました。
藤原氏の血を引く阿倍内親王は、諸兄から見ると政敵に当たるはずです。そんな彼女に、諸兄が登用した吉備真備が唐の最新の知識を授け、帝王学を講じていくことになるわけです。言わば敵に塩を送るようなものですが、諸兄は意に介しませんでした。諸兄は権力闘争に興味のない好人物だったのでしょう。
吉備真備と阿倍内親王の関係は良好だったらしく、後に吉備真備は藤原氏の策謀によって左遷されるのですが、天皇に即位した阿倍内親王がこれを呼び戻し、再び重用しています。対立派閥に属するはずの両者が、こうして良好な師弟関係を結んだというのは、権力闘争渦巻く奈良時代の政府にあって珍しい出来事だったと思われます。
ちなみにNHKドラマ『大仏開眼』は、吉岡秀隆演じる吉備真備が主人公で、石原さとみ演じる阿倍内親王と惹かれあうというストーリーでした。この2人に恋愛感情があったというのはさすがにドラマ上の創作でしょうが……。
さて、ここで吉備真備という人物について詳しく紹介しておきましょう。
吉備真備は持統天皇9(695)年、現在の岡山県倉敷市真備町(まびちょう)に下級役人の子として産まれました。同地には現在「吉備真備駅」があります。
真備は養老元(717)年に唐に渡り、天平7(735)年に帰国したのですが、唐に滞在中の伝説が『吉備大臣入唐絵巻(きびのおとどにっとうえまき)』に記載されています。この伝説というのがあまりに荒唐無稽なのです。
例えば、真備の才能を妬んだ唐人が真備を殺そうとして、鬼が住む楼に幽閉されてしまうという話があります。ところがこの鬼というのが、日本から留学して現地で死去した阿倍仲麻呂の生霊であったため、真備は鬼と仲良くなってしまいます。
悔しがった唐人が、続いて囲碁の勝負を持ちかけます。真備は相手の石を飲み込んで隠してしまうことでこれに勝利しました。
思い余った唐人は、真備を牢獄に閉じ込め、食事を断って殺そうとします。しかし、真備は双六の道具を使った魔術によって、なんと太陽と月を隠してしまい、恐怖を感じた唐人は真備を釈放したというのです。
いずれも作り話ではありますが、このような伝説が生まれるほど吉備真備は有能な人物だったということでしょう。
