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日本人の物語00325【平安中期】清少納言 藤原行成への返歌

 清少納言の百人一首に収録されている歌は
「夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」
というものですが、これが詠まれた経緯については枕草子第131段に詳しく説明されています。
 まず予備知識として「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」という中国の故事を知っておく必要があります。昔、孟嘗君(もうしょうくん)は秦の追っ手から逃れるために函谷関(かんこくかん)の関所を通ることになりました。しかし函谷関の門は朝にならないと開きません。
 そこで孟嘗君は部下に鶏の鳴き真似をさせ、朝だと勘違いさせた上で門を開かせ、関所を通り抜けたというのです。
 さて、この故事がこの和歌にどう関係するというのかというと……。
 ある日、書の達人として知られる藤原行成が定子邸にやってきて、清少納言と夜中まで話をして、「そろそろ帰ります」と言って辞しました。その翌日、行成から清少納言に
「夜どおりあなたと語り合いたかったのに、ニワトリの声にかき立てられて帰らざるを得なかったのが残念です」
という手紙が来ました。
 清少納言は
「夜中にニワトリが鳴くなんておかしな話ですわ。まさか孟嘗君が函谷関で行ったあの鳴き真似でしょうか」
と返信します。行成は
「それを言うなら、函谷関ではなくてむしろ逢坂の関ですね。あなたと逢う場所ですから」
(「逢坂の関」というのは京都府と滋賀県の境目にある地名だが、「恋人と逢う場所」という意味にもかけて使える)
と返信します。これに対して清少納言が書いた返歌がこれです。
「夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」
(夜の明けないうちに、鳥の鳴き真似をして騙そうとしても、函谷関は騙せるかもしれませんが、逢坂の関は決して許しませんよ)
 教養あふれる2人の知識人のやり取りといったところでしょうか。
 「ゆるさじ」という語尾が窺わせる気高さや、漢文学の知識を持っていないと意味が理解できないあたり、いかにも清少納言らしい歌だと思います。

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